第15話 未知へ踏み出す(2)

 翌日。

 奇跡のような星空と、三人と和やかに会話したことで緊張がほぐれたのだろう。

 良質な睡眠から目覚めた旬は、頭が覚醒するまで、朝の清々しい空気と景色の中で過ごした。その後で朝食の用意を始める。


「はぁ……染み渡るっすね」


 昨日の夜から旬が仕込んでいた、鷲ガラのスープを口に含んだ剛大が、恍惚とした表情を見せた。


「本当です。ほんのりスパイスも効いていて。それに臭みも全くと言っていいほど感じないです。あたしも料理はよくやるんですけど、どうやったんですか?」


 流石は本職と令子が、食い気味に問う。


「私も聞きたいです!」


 真剣なまなざしで静香が教えを乞う。


「いいよ。今回はネギやショウガなどの香味野菜が一切なかったから。臭みの原因となる血は徹底的に取り除いて、料理酒とハーブなどで臭み抜きをしたんだ」


「俺は食う専門だからいいっす」

「……だが、このままじゃケルベロスイーグルの肉だけの食事になってしまう。村の捜索もあるし、人がいる場所への移動も考えないといけない。少し休んだらすぐに捜索に移ろう」


 剛大の言葉をスルーして旬は、今日の予定を伝える。


 異議無しと三人は言った。

 スープと蒸し鷲だけの軽めな朝食だったこともあって、三十分もしない内に四人はまず、今いる家から捜索を開始した。


 地図という、今の四人にとって最も必要な品を探していく。


「皆さん、これを見て下さい」


 地図ではないが、本棚で有益な発見があった。


「どう見ても日本語だな」


 漢字に平仮名と片仮名の組み合わせ。

 静香が開いている本の文字は、明らかに日本語であった。


「皆で他の本も調べよう」


 旬の指示で一行は、棚にあった本を片っ端から手に取り、開いていく。

 全ての本を調べた結果、日本語以外で書かれた本は一冊も無かった。


「この物語が日本語で書かれているからなのか? ……なんにせよ非常に助かる」


 この家で地図は得られなかったが、日本人である四人にとって、最も嬉しい発見をしたのである。

 自分たちの言葉がそのまま通じる可能性は極めて高い。


 新たな言葉を一から習得する。

 この世界に馴染む努力が大幅に緩和されたことはある意味、地図を発見すること以上の朗報であった。

 幸先の良い初動だ。


「うし! 俄然、元気が湧いてきたっす」


 二軒目と三軒目の捜索は空振りに終わるも、剛大を筆頭に全員の士気は高かった。

 そして四軒目で待望の品が手に入る。


「あったわ。地図よ!」


 標準的なポスターと同じくらいの大きさの地図を手に、令子が喜びの声を上げた。

 分かれて捜索していた三人が、一斉に令子の元へ駆け寄る。


「……陸地の面積からして、これは世界地図ではないな」


『ブレイブファンタジア』の紙書籍の一巻目には、物語の舞台となる大陸の、主要な地名や都市名が記載された地図があった。


 令子が発見した地図に、海と思われる部分は、僅かしか記されていない。

 クジラの絵が描かれ、波を模していると思われる表現があることからも、地図の北側は海と考えて間違いない。


 地図の大半を占める陸地の部分には、平原や山脈などの名前が載っている。

 街道を表していると思われる線上には、街や村の名前と思われる文字が、日本語で書かれていた。


「ここの、黒丸で囲ってあるのがこの村っすかね? マリバル村って書いてありますけど」


 剛大が指差す先には、黒い丸の中にマリバル村とあった。

 旬は地図をざっと見渡す。


「……これ以外に、他に丸で囲われている場所はないな。村の周囲の地形とも一致していそうだから、多分間違いないだろう」

「マリバル村……確か『ブレイブファンタジア』の主人公テッド・カーライルの生まれ故郷が、マリバル村だった筈です」


 右人差し指の先端をこめかみに当てながら静香は、思い出したことを口にする。


「……だったかしら?」

「言われてみれば、そんな名前だったような。……流石は女子大生っす」

「それに確か……この先にある山脈を、テッドたちが越える時にもこの村に立ち寄っていたな。その時の描写とも一致する」


 ここはマリバル村に違いない。そう断定した上で地図を見る。

 街道を示していると思しき線は西の方角から伸びているが、その街道は村で行き止まりとなっていた。

 旬は村を起点に、西の方角へ街道の線をなぞる。


「エンブルムか……」


 線の先。最初に行き当たったのは、エンブルムと記されている、地図上では四方を壁に囲われている場所であった。

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