第14話 未知へ踏み出す(1)

 まだ幼かった頃は数えないとしても、それでもアラフォーと呼ばれるような年齢になったのだ。


 床に就いて十分もしない内に旬は、これは寝つけないパターンだ。そう寝台の中で思った。

 しかしスマホは無いので、ヒーリングミュージックを聞くことも出来ない。


 令子なら眠らせる魔法を使えるのかもしれないが、今から女性の寝室を訪れる訳にはいかない。


「外に行くしかないか」


 悩んだら動く。

 どちらかというと行動派である旬は、寝台から降りた。

 物音を立てないよう、扉をそっと開け。階段を降り。玄関から外に出た。


「……」


 空を見上げた旬は言葉を失った。


 ネオンの明かりや月がどこにも見当たらず、雲がほとんど無い平原から見上げる夜空は、宝石の粒をばら撒いたようだった。


 天の川と呼ぶしか無い星々の川。

 尾を引いては消える流星の数々。


 この夜空が果たして本物であるかどうかは別にして。これまでの人生の中で、比肩するものが無いほどの、星々の美術展が繰り広げられている。


 他にやることが思いつかないという消去法ではない。

 他の何かを差し置いてでも旬は、宇宙空間に放り込まれたに等しい、この星空を眺めていよう。そう決めた。

 しばし見惚れ、感動が薄れ掛かった時にそれは、旬の視界に入る。


 星明かりに照らされている天貫の塔。


(本当にあそこから魔物が侵攻しているのか? ……それに俺たちはもう、魔物が存在しているこの世界で生きていくしかないのか?)


 現時点でどれだけ考えようと、絶対に答えが出ない二つの問い。単体でも回答不可だというのに、この二つは水と油の関係ではなかった。


「仮に俺たちがこの世界で生きていくしかないとしたら、天貫の塔から湧き出てくる魔物たちをどうにかしないと、安心して暮らせないということなのか?」


 今日だけで、二回も旬は魔物と戦った。

 刃を交えたからこそ分かる。

 いずれの魔物も、こちらの説得に耳を貸すとは思えなかった。奴らが相手では、講話や休戦協定の中身を煮詰めようと絵空事に過ぎない。


(どちらかの陣営が滅びるまで、この戦争は永遠に続くのだとしたら。……戦争の決着方法としては最悪だ)


 リーダーとして旬は思考する。


 最悪と断じた未来に対して、打てる方策は二つ。

 戦うか逃げるかだ。

 何もしないという選択肢は、現実逃避ということで逃げるの中に含まれている。


「この問題は……」

「飯島さん?」


 旬の言葉を、背後から聞こえてきた女の声が遮る。

 聞き覚えのある声だ。声の主を驚かさないように旬は、一息入れてから、ゆっくりと振り返る。


「皆も眠れないのですか?」


 旬に声掛けしたのは令子だが、剛大と静香の顔もあった。


「はい。私も令子さんも寝つけなくて」

「皆も、って言うことは旬さんも?」

「ああ。中々寝れなかったから、星空を見上げていたところだ」


 振り返りながら旬は、再び星空を見上げた。


「わぁ……」


 感嘆の声が静香の口から発せられる。


「凄くきれい。あたしが見てきた中で一番の星空だわ」

「宇宙飛行士になったみたいっす」


 三人は旬の左側に立って、宇宙の神秘とロマンに浸っている。


「………………」


 これからどうするか?

 極めて重要な問題だからこそ、いて間違った答えを選ぶ訳にはいかない。


(じっくり考えるしかないな……)


 これは、食卓に皿を並べる指示を出すような、軽い話ではない。

 旬は結論を後回しにすることにした。


(未来がとうなるかは分からん。だが、皆と知り合ってしまった以上、リーダーとして俺は、生存のための最善を尽くす!)


 固く決意して旬は、神々しいまでの星空を見上げるのだった。

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