第12話 四人の能力(7)

 旬が調理を始めて二時間が経過した。

 太陽が沈みきった外は、刻一刻と暗くなっていく。


「羽毛の処理終わりました」


 疲れが見える静香の顔には、小指ほどの大きさをした羽毛が貼りついていた。


「二人ともお疲れ様。もうすぐ料理が出来上がるから、手と顔を洗って待っていて」

「はい。分かりました」

「じゃあ肉だけ中に入れるっす」

「頼む」


 羽毛が取り除かれたことで、鳥肌が露わになったケルベロスイーグルの頭の一つ。

 それを両腕で抱えた剛大が、階段脇にそっと置いた。


 静香が手伝うと言うも、普通の鳥肉ではない大きさだ。

 重いからいいっすよと剛大は、やんわりと静香の申し出を断り、薄闇に包まれている外へと出ていく。


「じゃあ静香ちゃんはこっち来て」

「は、はい」


 小走りで静香は令子の下へ向かった。

 二度も魔物に立ち向かった旬の宣言が功を奏したのか、気力が尽きるということはなかった。


清潔とはかくあるべしクリーンクリア


 家の清掃を終えた後、旬の調理を手伝っていた令子が、羽毛と血で汚れた静香に清掃魔法を掛けた。

 瞬く間に血の汚れと羽毛が、静香の肌と衣服から取り除かれていく。


「凄いです。人間にも使えるんですね」


 興奮気味に静香は、可能な範囲で自身の手や服を見渡す。


「そ。これがあれば野宿しても、いつでもきれいさっぱりに出来るわよ」

「これで野宿も怖くないです」

「じゃあきれいになったところで、静香ちゃんはお皿を並べてくれる」

「はい!」


 喜びの感情を纏わせながら静香は、食卓に積まれていた陶器の取り皿や箸を並べていく。


「あれ?」


 その作業の途中で静香は手を止めた。


「? 皿はともかく、お箸があるような家に見えませんでしたが……『ブレイブファンタジア』は確か、西洋風の世界だったと思うのですが」


 西洋風の世界観に、箸という和の道具が存在している。小さな噛み合わなさに静香は頭を傾げる。


「それには私もちょっと驚いたわ。箸は旬さんが鞄から取り出したの。箸だけでなく、揚げ物の鍋と蒸し器もね」


 言われて静香は、調理場の端に置かれている旬のザックと、かまどにある中華鍋と蒸し器を交互に見た。

 どう見ても、二つの器具が収まる大きさには見えない。外にぶら下げてもいなかった筈だ。

 静香の疑問に気がついた旬は説明する。


「そこも俺の小説の設定通りなんだ。俺のザックは調理器具や油、調味料限定の、某猫型ロボットのポケットみたいな物でな。肉や魚、野菜などの素材以外はなんでも取り出せるんだ」

「そうなんですね。凄く便利です」

「どうせなら肉や魚とかも出せたら良いと思うんですけど」


 二人の会話に令子が割って入る。


「それじゃ、ダンジョングルメ物にならないだろ。第一、そんなの便利過ぎて逆につまらん」


 努力して料理人の技能を積み上げてきた旬として、そこは譲れなかった。

 ミキサーなどは別にして、便利過ぎるが故に長年の努力の積み重ねを覆すような道具は、自堕落しかもたらさない。


 料理でもなんでも。自分の意思で自分の能力を磨いてこそ、価値ある技能となる。芸は身を助けるの精神だ。

 そこにこそ誇りや自信は生まれる。

 人間の成長を阻害する道具などあってはならない。

 旬の持論だ。


「そこは分かる気がします。私も手ずから育てて世話をしたトマトが、きちんと実れば嬉しいですし」

「まぁ、それはそうよね」

「悪原さん。唐揚げが揚がったから、皿に盛りつけてくれ」

「分かりました」


 レンガのかまどで、中華鍋を用いて揚げた唐揚げを令子は網で掬い、陶器の大皿に盛りつけていく。


「……蒸し鷲もこんなものか」


 慣れない食材と、水道やガスが無い台所での調理に手間取ったせいで、通常よりも時間を要したが、後は切って盛りつけタレを掛けるだけだ。

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