第11話 四人の能力(6)
「この魔物を知っているということは、令子さんも読んだんですね」
毛先ではなく、羽毛の根本付近を掴んで引っこ抜く。最初からこのやり方をしていた静香の作業効率は高かった。
「その口ぶりだと、静香ちゃんも読んだみたいね」
「参考になればと思いまして」
「……なるほど。羽毛の根本から抜くんすね」
静香の手際は良い見本として、令子と剛大の視線を集める。
「そう。雑草と同じ。先端じゃなくて根本を掴んで引き抜くの」
自分の手元を見せながら静香が、二人にコツを伝授する。
月光を納めてから旬は、三人の作業に加わった。
「見た目から判断するに、湯栗さんは農業をやってるんだ?」
「やっているといいますか、農大生です。あ、でも夏休みは農家さんでアルバイトをしていましたから、やってなくもないと言いますか……鶏の処理もその時に教わりました」
「そうなんだ。だから静香ちゃんは、最初から手つきがこなれていたのね」
「はい。農業はもちろん、小説も昔から好きでしたから……」
だが、好きなことを語っているにも関わらず、静香の言葉は楽しげに聞こえない。
その理由はこの場にいる全員に当てはまることだった。
「……なるほど。農業とスローライフって相性がいいからな」
静香の心情を慮りつつも旬は、少しでも彼女の気が紛れればと、手を止めることなく相槌を打つ。
羽毛を掴み、引き抜く感触が今が現実の世界であることを何よりも示していた。
どのようにして。何の理由から四人が、この世界に転生したのかなど。他にも不明な点はあるが、それはいくら考えようと現時点で答えは出ないだろう。
(後か先かの問題だけで、これだけははっきりさせておかないと)
羽毛を引き抜きながら旬は、避けては通れない話題を切り出そうと決めた。
「皆も気づいていると思うが、ここではっきりさせておこうと思う……さっきのガーゴイルやケルベロスイーグルもそうだが、何よりあの
旬は彼方の白い線を指差す。
「俺たちが今いるこの世界が小説『ブレイブファンタジア』の中なのは、多分間違いないだろう」
「俺もそうだと思います」
旬の言葉に剛大は力なく同意した。
四人が処理している魔物に、ずっと変わらずにあり続けている、彼方の白い線。
天貫の塔と呼ばれているそれは、物語の中で、魔王軍側の最重要拠点として描写されている。
ガーゴイルやケルベロスイーグルなどの魔物は、宇宙から天貫の塔を経由して地上に降り立ち、魔王軍の兵士として人類世界を侵略しているという設定だ。
天貫の塔の存在は、キーワードの一つとして、作中で語られている。
すでに大陸の半分近くが魔王軍によって占領され、対する人類側は国家が連合を組んで対抗している。というのが『ブレイブファンタジア』の大まかな世界設定だ。
旬の言葉に三人は無言で頷いた。
一瞬手が止まるも、すぐに旬と三人は作業を再開した。
手を動かしていれば、余計なことを考えずに済むからだ。大抵のことであれば。
「そうね……あたしもそれで間違いないと思うわ。残念ながら夢ではなさそうだし」
「……これからどうなるんでしょう、私たち」
悲観を隠すことなく静香がこぼす。
同時に彼女の手が止まる。
本当にここが『ブレイブファンタジア』の世界なら、知識と記憶以外の、今まで積み重ねてきたものの全てがリセットされたことになる。
不安に思うなという方が無理だ。
「「……」」
気落ちする静香を前に、剛大と令子の二人もまた、掛ける言葉を見いだせずに動きを停止させる。
「……そこに関しては正直、俺にもどうなるかは分からん」
空気が重くなる中でも旬は、手を止めなかった。
「だが、これだけは断言出来る。俺は決して君たち三人を見捨てるなんてことはしない。絶対にだ」
腹を空かせ、心が満たせていない人は何があろうと見捨てない。
あの日、自らに課した誓約を旬は噛み締める。
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