第10話 四人の能力(5)

 旬が刀に月光つきみつの銘を与えたのは、三日月のような色と形をしているだけではない。


月は昇るムーンライズ


 その文言を心中で唱えた瞬間、旬の体は怪鳥の眼前に移動していた。


 夜空に浮かぶ月の如く、月光には持ち主ごと、任意の空中に瞬間移動させるという能力が備わっている。


 近接戦闘しか出来ないという刀の弱点を補うことで、戦闘における執筆の行き詰まりを防止する。そのために考え、付与した月光の能力だった。


「ゲエッ!」


 魔物は異変に気がつくも、時すでに遅しだ。

 落下の勢いのまま旬は、左端と真ん中の首を断ち、右端の首の半分ほどを切り裂いていた。

 血を浴びる前に旬は再度、月光の瞬間移動能力で地面付近に戻る。


「これで血抜きは問題ないな」


 地面に落下したケルベロスイーグルが反撃してくるかもしれない。その可能性を危惧するも、旬の杞憂に終わる。


「凄えっすよ。旬さんは瞬間移動まで使えるなんて、チートじゃないっすか……なんか三人に比べて、俺の活躍が少ない気がするんですけどー」


 旬を持ち上げた後で剛大は、軽い調子で欲求不満を吐露した。


「それは、剛大が実力を発揮する相手は、こいつじゃないってことさ」


 口を尖らせる剛大を旬は、言葉でいなした。


「むー……でもこいつってケルベロスイーグルですよね?」

「剛大も知っていたか」

「それはもちろんすよ。俺は『ブレイブファンタジア』に憧れて小説を書き始めたんすから」


「動機は人それぞれだな……おっと忘れていた。悪原さん。湯栗さんに、さっきの倍近い範囲に防御結界を掛けるよう頼んでくれ」

「いいわよー」


 令子はそう言った後、室内の静香に指示を伝える。これから解体に入るのに、いちいち襲撃を受けていたのでは、作業が遅々として進まない。


 少し間を置いてから、ガラスかアクリル板のような防御結界魔法が再構築された。


「範囲は問題ないですか?」


 静香がひょっこりと、壁から頭だけを覗かせる。


「問題無しだ。ありがとう」


 ケルベロスイーグルの死骸は完全に結界の中にある。結界を破るような魔物が現れない限り、解体中の妨害は入らない。


「よし。時間が惜しいから、早速解体を始めるか」

「俺は鳥の解体は初めてなんで、なんでも指示して下さいっす」


 言いながら剛大は、右肩から先を回す。


「俺もこんなにでかい鳥を解体するのは初めてだよ。まあ、三つ頭があることと、大きさ以外は鶏と同じみたいだが」

「ねえ? 本当にこれを食べるの……」


 怪鳥を食べることに令子は、未だ踏ん切りがつかないようだ。未知の生物を口にすることの不安を訴える。


「……正直に言うと俺だって、普通の鶏肉を食べたいさ。だが、他に食べ物は見当たらないし、リーダーの責任として皆を飢えさせる訳にもいかない。これも本音だ」


 旬の言葉に令子は少し考え、口を開く。


「……分かったわ。ごめんなさい。あたしも手伝うわ。飯島さんと剛大くんが体を張ったのに、何もしていない私が、これ以上わがままを言う訳にはいかないし」

「別に気にしなくていいっすよ」

「わ、私もやります! 獲ったからには、きちんと食べないといけませんから」


 いつの間にか近くに来ていた静香も、自らを奮い立たせるように気合いを入れる。


「よし。じゃあ俺がまず翼や脚などを切り分けるから、三人は胴体の羽毛を全て取ってくれ」

「うっす」


 旬は言葉通り、残る頭と翼。両脚を月光で切り分けた。


 その後で三人は指示通り、光沢のある黒い羽毛をつけ根から引き抜いていく。


「あ、でも気分が悪くなったら、無理しなくてもいいからな」

「ありがとうございます。飯島さん……でもこれって『ブレイブファンタジア』に出てくる魔物だよね」


 苦戦しながら羽毛を引き抜く令子は、人間より一回り大きい、怪鳥の頭を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る