第8話 四人の能力(3)

 次いで旬は、これからの行動についても思案する。


「悪原さんにはこのまま部屋をきれいにしてもらうとして……いまのところ、最大の問題は魔物の襲来に備えることだな。常に誰か一人、見張りとして寝ずの番をしてもらうしかない」


 全員が寝静まっている時に襲撃を受け、全滅した。それでは、例えリーダーでなかったとしても、皆に申し訳が立たない。

 なにせ今日死んだばかりなのだ。しばらく死と無縁でいたい。


「あ、あの……」


 おずおずと静香が、上目遣いに右手を上げる。


「ここに来るまでの間、ずっと考えていたんです。私なら魔物の襲来に対して、何とか出来るかもしれません」

「……具体的に言うと?」


 旬が続きを促す。


「私は『書く人になろう』で、スローライフのお話を書いているのですけど、主人公が強固な防御魔法の使い手という設定なんです。防御結界魔法の中で、悠々自適にスローライフするっていう……お二人がそれぞれ、創作主人公の設定の剣や魔法を使っているのを見ましたから」


「なるほどね。それで静香ちゃんも、自分にも防御魔法が使えると思ったんだ」

「ちなみに湯栗さんの、その防御結界はどれくらい硬いの?」


 防御において強度は大事だ。

 旬は肝要な部分を問う。


「あくまで私の設定ですけど、火竜のブレスに余裕で耐えるくらいには」

「……それって何気に凄くないっすか?」 

「凄いわね」

「だったら、早速やってみる?」

「は、はい」


 一同は静香を先頭に階段を降りた。

 静香は玄関に向かわずに、一階の中央付近で立ち止まる。


「外に出ないんだ?」


 意外そうに令子が問いかけた。


「はい。いまから掛けるのは、位置は変えられないんですが、全方位に最硬の防御結界を構築する魔法なんです」

「なるほど。拠点防衛に最適な魔法という訳だ」


 旬は相槌を打った。


「ですです……それではいきます」


 静香は目をつむり、分かりやすく集中力を高めていく。


「防御魔法、風船はイージスの夢を見るイージスバルーン


 静香が唱えるやいなや、彼女の目前に空中で静止し、赤く煌めいている正八面体が現れた。


「上手くいった、のでしょうか?」

「静香っちが分かんないのに、俺たちが分かる訳ないって」


 茶化すように言いつつ剛大は、右手首から先を左右に振る。


「静香っち……これが現れたからには、成功している筈なんですが」


 ルビーのような正八面体を一瞥した後、自信なさげに静香は玄関へ向かう。

 彼女に続いて外に出た旬は、見上げた空に違和感を覚えた。

 一見すると何の変哲もない、ただの空にしか見えないが、光の屈折が微かに変なのだ。


「? さっきと何も変わらないように見えるけど」


 だが剛大は、変化に気づかず周囲を見渡すだけだった。


「この魔法は無色透明だから……見てて」


 言って静香は、足元にあった石を拾い、それを前に投げつける。直後石は、四人から六メートルほど離れた空中で、硬いなにかに当たったかのような音を立てて、地面に落下した。


「なるほど、透明のバリアか」


 その様を目の当たりにした旬は、その際まで歩いていった。そして、月光の鞘で小突いた。


 金属板を叩いた時のような感触が手に伝わり、ゴンゴンと硬質な音が耳に届く。


「これで火竜のブレスを防ぐんすね」


 剛大が右手の手甲でバリアを、ノックするように叩いた瞬間、影と共に重い衝撃音が連続で響き渡る。


 四人は音のした方を見上げる。

 そこにはカラスのように全身は真っ黒だが、猛禽類のような三つの白い頭と、黄色いくちばしを持つ怪鳥がいた。


 怪鳥の翼長は五メートルほど。

 岩をも砕きそうな三つの嘴と、丸太だって握り潰せそうな両脚の爪を駆使。絶え間ない攻撃をバリアに加えている。


「キャッ!」


 怪鳥の凶暴性と迫力に静香は、屈みながら両手で頭を庇う。

 しかし、そこまでであった。


「……大丈夫みたいよ、静香ちゃん」

「えっ?」


 令子に言われて静香は、恐るおそる顔を上げた。


「ああ。まるでびくともしてないぞ。湯栗さんの防御魔法は」


 三つある頭のうち、どれが翼や脚の動きを司っているのだろう?

 旬がその探求に没頭出来るくらいには、静香の防御結界は頑丈だった。

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