第6話 四人の能力(1)
まだ人が残っているかもしれない。
万が一を考えて旬は、村長宅(?)の扉を三回ノックした。
「…………」
しばらく待ったが、物音一つ聞こえてこない。
「俺がこの家の周りだけでも見て来ましょうか?」
「……そうだな。何かあったら大声を出すんだ」
「はい。分かりました」
剛大はそう言って場を離れた。
「ごめんください」
断りを口にしつつ旬は、年季の入った木の扉を押し開けた。
無論、年季が入っているのは木の扉だけではない。
「うわ……」
年季の入った室内の荒れ具合に旬は、思わず眉をしかめた。
特に、積りに積もったホコリの層に。
もちろん飲食店に限った話ではないが、ここまでホコリが積もった環境など、飲食店ではあり得ないからだ。
いまからここを掃除しなければならないのか。背に腹は代えられないとはいえ、その手間を思うと気が滅入りそうになる。
「飯島さん。何かありましたか?」
玄関口で立ち止まり、中に入ろうとしない旬の後ろから令子と静香が覗き込む。
「これは予想以上ですね」
「だろう。これをいまから片づけると思うとちょっとな。特にホコリがな」
土足のまま旬は、中に足を踏み入れた。
生粋の日本人として旬は、そのことに抵抗を覚える。
しかし、この状況で靴を脱ぐのは、それで以上にあり得ないことだった。
「……それならあたしに任せて下さい」
「え?」
出どころが不明の、七、八割ほどの自信を令子はちらつかせる。
「ちなみにですけど、飯島さんはその格好で外出なんてしない、ですよね?」
「そ、それはそうだよ。こんな格好で外を歩いていたら、間違いなく銃刀法違反で警察に逮捕される」
要領を得ない令子の問いだが、問われている内容は難しくない。旬は深く考えることなく答えた。旬は続ける。
「刀を含めてこの格好は、俺の書いた小説の主人公と全く同じなんだ。なんでこの姿をしているのかは不明だけど」
「やっぱりそうですよね。刀で石像を斬るなんて、普通に考えれはあり得ないことですよね。物語の中でないと」
「……ああ。この刀は間違いなく、俺の創作と同じ設定の性能を持っている。作中で岩も簡単に斬るって設定にして、その通りの斬れ味を見せてくれたんだからな」
「それを聞けて安心しました。それならあたしも、あたしが創作した悪役令嬢に転生するキャラのように、魔法が使えるってことですよね?」
「……そこは俺に聞かれてもな……って、ぶっつけ本番で魔法を使う気ですか!?」
料理の素人が、レストランでも出せるフランス料理のフルコースを作るようなものではないか?
令子の無謀な考えを旬は、得意の料理に例えた。
「大丈夫です。この服はあたしの、ゲーム内の悪役令嬢に転生する主人公と全く同じなんです。飯島さんが小説の主人公と同じことが出来るのなら、あたしも魔法が使える筈です!」
「令子さんも魔法が使えるんですね!」
目を輝かせる敷香。
「……ちなみにどんな魔法を使うつもりですか?」
せっかくやる気になっている上に、この汚れがどうにかなるかもしれない。
彼女の言い分にも一理ある。
それは他でもない、自分自身が証明したのだから。
そう思った旬は、話を聞いて見て明らかに危険と判断したら止めようと決めた。
「いま魔法って聞こえたけど!」
魔法という、良くも悪くも夢のある単語を耳にしたからだろう。
戻って来た剛大が、興味津々の様子で室内に入って来る。
「……い、いまから使うのは、服や部屋の汚れなどをきれいにする魔法です。攻撃魔法じゃありませんから、安心して下さい」
強張った表情で令子は説明する。
それなら問題ないか。阻止する考えを旬は放棄した。
廃村を目指す道中、四人は自分らの年齢や職業、特技や苦手なことなどを話し合っていた。
その中で、旬が最も年上であり、次いで令子。静香。剛大の順に若いことが判明した。
見物する気満々の、年下の二人が見ている。ここは人生の先輩として期待に応えねば(カッコ悪いところは見せたくない)。
そんな心情が垣間見える、令子の表情と言葉だった。
(初めて包丁や真剣を手にした時のことを思い出すな。俺も彼女のような顔をしていたのか……)
旬の心にも緊張が伝染する。
使い方を誤れば人を害する、危険な代物を初めて扱う時の強烈な緊張感は、旬にも覚えがあったからだ。
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