第3話 総合一位の小説世界へ(3)

「剛大で良いですよ。飯島さんの方が年上ですから」

「……なら剛大、俺の事も旬で良い」

「なら旬さんで」

「立てるか?」


 令子の時と同様に、旬は剛大に右手を差し出した。


「大丈夫です。一人で立てますよ」


 言って剛大は素早く立って見せた。

 動きから察するに、怪我や病気はしていなさそうだ。

 旬は安堵する。


 剛大は旬より身長が高かった。

 百八十三くらいだろうと旬は推測する。


「さっき旬さんは、訳の分からない状況って言ってましたけど、どういう事なんですか?」

「……言葉の通りだ。剛大は今の格好に覚えはあるか?」


 旬と令子のように、剛大も普段着とは到底思えない出で立ちをしている。

 そのことから旬は伝えた。


「今の格好? ……え! 何だこれ」


 剛大の反応を見るに、彼もまた身に覚えがないようだ。


「もしかしてだが」


 旬は両腕を組む。

 いまは情報の整理に徹するべき。

 旬は自分の身に起こったことを元に、推測で剛大に語り掛ける。


「剛大の格好は、剛大が書いた小説の主人公そのものなのか?」

「え? ……た、確かにその通りですけど何で旬さんがそのことを知っているんですか……俺の小説を読んでくれたとか


 自分の作品を読んでくれて嬉しい。

 アマチュアだろうと、物書きに共通する愉悦を剛大は表情に出した。


「う……申し訳ないけれど、俺は君の小説を知らないんだ。俺の今の格好が、俺の書いた小説の主人公にそっくりだった。だから君のそれもそうじゃないかと思っただけで……」

「そうですか……」


 分かりやすく剛大は落ち込む。

 アマチュア作家としての、剛大の心の急所を突いてしまった。

 そのことに強い申し訳なさを覚えるも、今は現状把握の方が優先だ。


 旬が自分の心を無理矢理ねじ伏せた、その時だった。

 空から迫るそれを旬の目は捉える。


「あれはっ!」

「えっ!」


 旬はとっさに、狼狽える剛大の背後に回り込んだ。

 背中に羽根の生えた、全身が灰色の魔物が二匹。飛びながらこちらに接近してくるのが見えた。


 旬の小説は、魔物が存在する異世界を主人公が、魔物の肉を調理しながら旅をするというものだった。


 それゆえ旬には、古今東西の魔物についての知識があった。


(あれは、ガーゴイルに間違いない)


 旬は外見の特徴から、魔物の正体を特定する。


「三人とも伏せるんだ!」


 令子と眼鏡を掛けた若い女の二人にも警告しつつ旬は、ザックを急いで下ろした。

 右への横移動で剛大から離れつつ、左腰の日本刀を抜いた。

 刀身は淡い黄色を帯びている。


 見た目は創作の主人公の愛刀である、月光つきみつそのものだ。だが果たして、岩をも容易く切るという設定まで再現されているのかどうかが問題である。

 だが、これしか得物がない以上、月光で立ち向かうしかない。


 迫真の戦闘描写を書くべく旬は、居合術の道場に通い出した。真剣の日本刀も数多く振るってきた。


 真剣を扱うことの経験と適度な緊張はあれど、そのこと自体に恐れはない。


 ガーゴイルは牙と敵意を剥き出しにし、長い爪が生えた手をかざしながら距離を詰めてくる。

 僕たちと親睦を深めようよ。

 交誼を結ぼうという、友好的な態度には到底思えない。


 魔物二匹もまた、旬の戦意を感じ取ったのか。二匹ともが旬に狙いを定めた。


 人外の魔物二匹を一人で相手どる方がよほど恐ろしいが、未だ混乱のさなかにいる三人に戦えというのも無理がある。


 旬は月光を鞘に納めた。

 一匹ずつ確実に仕留めるという作戦を立てた旬は、先行する一体が抜刀術の間合いに入るのを待つ。


「ギシャアアアア……」

「シッ!」


 紫電一閃。


 ガーゴイルの頭部を旬は、豆腐を切るように、上下に切り裂いた。

 石の塊と化したガーゴイルの体を旬は、屈むことで回避。もちろん残る一体への警戒は解かない。


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