第2話 総合一位の小説世界へ(2)

(……まずは落ち着くんだ)


 握った左手で旬は、胸を二回軽く叩く。

 注文の殺到で厨房が修羅場になった際などにいつもやっている、気を落ち着ける為のルーティンだ。


「俺は飯島旬。君の名前は?」


 二人とも混乱していては、好転するものも好転しない。

 ルーティンで旬は、冷静さをかなり取り戻した。地面に座り込んだ金髪女に名乗りつつ、彼女を立たせるべく右腕を伸ばす。


「え……あ、あたしは悪原令子……」


 おどおどしながらも令子は、差し出された旬の右手を、自身の右手で掴む。


「引っ張るぞ」

「う、うん。お願い」


 断りを入れ、了承を得てから旬は、令子を引っ張り立たせた。

 令子の身長は、百七十一センチの旬より低い、百六十二くらいだろうか? ハイヒールを除いて。


 令子の顔には不安が貼りついていた。

 もし彼女が、旬と同じような目に遭ってここにいるのだとすれば、その気持ちは良く分かる。

 つい先ほどまで現代日本の街中にいた旬は、大型トラックにはねられた。


 ここで俺の人生は終わった。そう思った次の瞬間には、自らの創作の主人公と寸分違わない格好をして、見知らぬ場所に放り込まれているのだ。

 大人であっても不安を禁じ得ない。


「ここってどこなの?」

「……正直俺も分からん……とりあえずそこの二人を起こすとしよう。君は彼女の方を頼む」

「分かったわ」


 二人は未だ目覚める様子がない。

 旬と令子は手分けして二人を起こしに掛かる。


「おい。大丈夫か?」


 強く揺さぶるのはまずいだろう。

 彼の身に何が起こったのか判明していない以上、乱暴な目覚めさせ方は厳禁だ。


「大丈夫なのか? 俺の声が聞こえるのなら返事してくれ」


 旬は軽く男の頬を叩きながら、声掛けを繰り返す。

 旬と令子同様、男の見た目もまた普通ではない。


 薄手かつ、ノースリーブの白い空手着とでも言うのか?

 上下ともゆったりとした、動きやすさを最優先したと思われる、黒帯の道着姿。

 茶色で短髪の頭には、一本の赤いハチマキ。


 両手の指先から肘にかけては、金属製の手甲が。両脚にはこちらも金属製の、ハイカットブーツのような防具があった。


「……うん?」


 高校生くらいか? 旬があたりをつけた若い男はゆっくりと、眩しそうな顔で目を開けていく。


「お、気がついたか?」

「……おじさん、誰?」


 彼の目には疑いの感情があった。


「……」


 俺はまだ三十代だ!

 そう叫びそうになるも、このくらいの年齢からすれば充分におっさんか。


(俺も昔はそう思っていたかもな)


 色々思うところはあるが、まずはこの状況の情報収集と整理が求められる。

 短絡的な感情で動く訳にはいかない。


「俺は飯島旬。料理人だ。起きてばかりのところを悪いが、俺たちは訳の分からない状況にいるらしくてな……とりあえず君の名前を聞かせてくれないか」


 毒ガスが立ち込めているなど。

 幸いにも、直ちに命が失われる環境でないにせよ、未知の状況に放り込まれたのは確かだ。


 生き残るには、四人が一致団結する必要がある。そのきっかけとしての自己紹介だった。


「……まぁいいや。俺は無双剛大むそうたけひろ。高校生です」

「よろしく。無双くん」


 旬の真剣な思いが伝わったのか。

 初対面にも関わらず剛大は、旬の言うことに素直に従った。

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