第6話 魔女の番犬

 気配を殺して家の中に入ってくる――この時点で、かなり怪しい相手だ。

 シャーリィはすぐに立ち上がって、ロエに尋ねる。


「ロエさん、今日は人に会う約束ってしてる?」

「してないですよ。おそらく、今入ってきたのは――私を狙った刺客ですね」

「刺客……!?」


 どうやら、ロエも侵入者に気付いていたようだ。

 魔術師なら自宅に侵入者を探知の魔術くらいは仕掛けているだろう。

 ――とはいえ、刺客が入ってくるというのは只事ではない。


「あなたを買った一番の理由、説明する手間が省けましたね」


 ロエはお湯に浸かったまま、さらりとそんなことを口にする。


「へ、一番の理由って……?」

「私のことを守ってもらおうかと思いまして。『Sランク』――最高位の冒険者を専属の護衛にできる機会なんて、滅多にないことですから」


 なるほど、確かにそれなら納得だった――シャーリィは年齢としてはまだ若いが、冒険者としての実力は確かに認められている。

 剣士としては腕が立つし、こうして気配を消して入ってきた刺客にもいち早く反応できていた。

 ロエの言う通り、冒険者が奴隷として売られることは決してない話ではないが、『Sランク』ともなれば話は別――貴重なのは間違いない。

 その強さを生かすとなれば――身を守るための手段には最適だろう。

 ロエは、シャーリィに向かって少し微笑みを浮かべて、


「私のこと、守ってくださいますか?」


 そう言い放った。

 少し間を置いて、シャーリィは答える。


「……どちらにせよ、私に拒否権はないと思うけど。そういう仕事なら、任せて」


 すぐに、浴室から出て――身体にタオルを一枚巻く。

 剣については脱衣所まで持ってきていた。

 これも習慣のようなもので、さすがに浴室の中にまでは持って行かないが、肌身離さずが基本だ。

 シャーリィは柄に手を触れた状態で、脱衣所を出る。

 足音もなく、気配も殺している――相手も中々の手練れのようだ。

 ゆっくりとした足取りで、廊下を進んでいく。

 もう一つ――扉を開いた瞬間、シャーリィの眼前に見えたのはナイフだった。

 即座に剣を抜き放ち、それを弾く。

 視界に捉えたのは二人組――フードを目深に被り、顔までは確認できないが、体格からして男だろう。

 先行したのはシャーリィの方だ。

 すぐ近くにいた刺客に対し、その場で跳躍して距離を詰める――同時に、剣を振るった。

 肩の辺りに一撃。

 刺客はよろめきながら、シャーリィから距離を取る。

 もう一人の刺客が、隙を突くようにシャーリィへと迫った。

 ――だが、そこに隙は存在しない。

 本来なら、動きが制限されるだろう部屋の中でも、シャーリィは身軽な動きで再び跳躍し、宙を舞いながら刺客を斬った。

 こちらは武器を持っていた腕に深く斬り込む。


「……っ」


 刺客が何やら合図を出すと、二人してすぐに撤退を始めた。

 シャーリィと会敵し、実力で勝てないと判断したのだろう――そこまで含めて、やはり刺客の判断は早く、慣れている。

 このまま追うかどうか――ロエを守るという意味では、彼女の下を離れるわけにはいかないが、


「あなた、そもそもタオル一枚で彼らを追いかけるつもりではないですよね?」

「……あ」


 やってきたロエにそう指摘され、シャーリィも気付く。

 一度、戦いになると集中してしまうのは――彼女の悪い癖でもあった。


「え、えっと――一先ず、刺客は撃退したよ!」


 誤魔化すようにシャーリィが言うと、ロエは部屋の様子を見つつ、


「そうですね。やはり、あなたを買ったのは正解だったようです。優秀な番犬ですね」

「ば、番犬……?」

「ええ、『魔女の番犬』です――悪い響きではないですね」


 ロエは随分と、楽しそうな表情で言った。

 ――奴隷として買われたシャーリィは、今日から番犬になった。

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