第5話 弱いんですね

「ん……っ」


 ――背中の辺りに指が触れ、わずかに声を漏らした。

 人に背中を触られる機会など滅多にない。

 我慢はできるけれど、どうしても身体が動いてしまう。

 背中を流すと言っていたのに、ロエはシャーリィの背中に優しく触れるだけ。

 ちらりと、後ろにいる彼女に視線を向ける。


「肌、お綺麗ですね」

「そ、そう、かな……? えっと……背中を流してくれるんじゃ――」

「もちろん流しますよ。急かさないでもらえますか?」

「は、はい……」


 思わず敬語になってしまう。

 ロエはシャーリィの背中に絵でも描くように、人差し指を動かしている。


「んんっ、ふっ」


 あまり声が出ないように、口元を手で押さえた。

 くすぐったいような、気持ちいいような――何とも言えない感覚が背中から送られてくる。

 ロエはシャーリィの反応を見ながら、絶妙な力加減で背中を撫でていた。

 びくりと大きな反応を見せると、


「背中、弱いんですね?」

「……っ」


 ロエは煽るような口調で言った。

 自分だって弱い癖に――そんな風に返しそうになったが、さすがに口を噤む。

 こうなったら彼女が飽きるまで耐えるしかない。

 しばらく時間が経つと、ようやくロエは背中を流してくれたが――それも結局、シャーリィにとっては耐える時間となってしまい、終わる頃にはヘトヘトになっていた。

 身体を洗い終えて、少し狭い浴槽に二人で入る――互いに向き合う形だ。


「……」

「……」

(……この状況、何だろう)


 互いに無言のまま、シャーリィはロエの様子を見る。

 彼女もこちらの視線に気付いたようで、


「何か?」

「いや、その――何でもない、です」

「そうですか」


 またしても敬語になってしまう。

 ほとんど初対面で、キスをして一緒に寝てお風呂に入る――奴隷になってからもそうだが、短い時間で色々と経験しすぎている。

 ただ、奴隷としても扱いで考えれば――やはり悪いわけではないだろう。

 こうして、買った本人と一緒にお風呂に浸かることなどまずあり得ない。

 さすがに何か話題を振らないと持たないが。


「ロエさんって、魔術師として活動してるんだよね?」

「はい、『魔女』なんていう、面倒な称号をもらってしまいましたが」


 魔女――ロエの若さで、その称号まで辿り着く者はそういないだろう。

 彼女がそれだけ、魔術師として突出した才能を持っているということか。

 ――魔術師の中には、それこそ人体実験のようなものに手を出している者も少なくないと聞く。

 さすがにシャーリィを買った目的がそれだとは信じたくはないが。


「――そんな不安そうな表情しなくても大丈夫ですよ。別に、あなたを魔術的な実験に使おうなんて考えてないので」

「!」


 まるで、ロエは人の心でも読んでいるかのように言う。

 そこまで不安そうな表情をしていたのだろうか。

 ロエは狭い浴槽の中で、シャーリィに顔を近づけて、顎の辺りに手で触れる。


「あなたに対してそんな使い方、もったいないですから」


 また、キスをするような距離――先ほどのことを思い出す。


「……ロエさんは、なんでわたしにキスを……?」


 ふと、口に出た疑問。

 ロエはピタリと動きを止め、視線を逸らす。

 しばしの沈黙の後、


「それは――」


 彼女が口を開いたところで、シャーリィは気付く。

 ――何者かが、家の中に入ってきたことに。

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