第4話 考えても仕方ない

 ロエの言葉に従い、シャーリィは彼女の背中を流すことになった。

 ――奴隷として売られ、最初にやったことはキスと一緒に寝ること。

 次にすることが背中を流して、一緒にお風呂に入る――これは一体、どういうことなのか。


(……まあ、奴隷っぽい扱いを受けないのは助かるんだけど、なんかまるで恋人みたいな……)


 シャーリィは仕事に明け暮れていたため、誰かを好きになる、という感情を抱いたことがない。

 故に、恋人同士ですることに詳しいわけではないが――やはりこれは、奴隷のすることではない。

 そうなると、ロエはシャーリィを助けるつもりだったのか。

 それにしたって、彼女が考えが読めないが。


「手が止まっていますよ」

「! ご、ごめんなさい」

「謝らなくてもいいですけれど、何か考え事でも?」

「……ロエさんは、どうしてわたしを買うことにしたんですか?」


 シャーリィはロエに問いかけた。

 どうしてなのか――その理由はやはり、聞いておきたい。


「そんなに気にすることですか? 理由は単純ですよ――私が、あなたを欲したから」

「……え?」

「私は、子供の頃から無駄遣いをしたことはないと思っています。欲しい物がなくて――けれど、私にはあなたが必要だった」

「どうしてわたしが……?」

「そうですね。まあ、いずれ分かることだとは思いますよ。」


 ――そんな風にはぐらかされてしまう。

 シャーリィが必要だから買う――奴隷という扱いであるのなら正しいのかもしれないが、彼女はそうではない。

 けれど、これ以上聞いたところで答えは変わらなそうだ。

 ロエはシャーリィが必要だった、それ以外に理由はないというのだから。


(……考えても仕方ないのかな)


 シャーリィはどちらかと言えば楽観的なタイプであるが、さすがに今の状況で軽々しく考えることはできない。

 けれど、奴隷になってからも――非道な扱いを受けていないという点では、幸運なのかもしれない。

 だから、今はロエが望むことに一生懸命答えるのが正解ではないだろうか。


(そうだよ。わたしは、そうやって生きてきたんだから……)


 誰かの役に立ちたい――そういう生き方をしてきたのだから、ロエが何を考えているか、なんてまるで疑うように考えるのはダメだ。

 できることをして、生きていくしかない――簡単に割り切れることではないが、シャーリィの中では少しだけ吹っ切れた。

 そこで、ふとロエの身体が震えていることに気付く。


「! もしかして、寒い?」

「……いいえ、何でもないです」

「でも――」

「いいから。次は私があなたの背中、流してあげます」


 そう言って、急かされて交代となった。

 ロエは寒いのかと思ったが――少しだけ頬が朱色に染まっていて、むしろ暑そうに見えるくらいで。

 人に背中を流してもらうのなんて久しぶりだ――そんな風に考えていると、


「っ!」


 触れられた瞬間に、思わず身体を震わせる。

 くすぐったいような、何だか我慢できない感覚。


「……どうかしましたか?」

「あ、えっと……」


 そこで、ようやく理解した――ロエはずっとこれを我慢していて、今からすることは彼女による仕返しなのだ、と。

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