第2話 主人と奴隷

 奴隷という立場にある以上、首輪はつけたままだ。

 ――とはいえ、最近では首輪もいくつか種類が選べるようで、どちらかと言えば古臭い武骨な金属製のものではなく、チョーカーのようなものが取り付けられた。

 ただ、これにはきちんと魔道具的な効力が発揮されており、シャーリィはロエに逆らうような真似はできない。

 愛用していた剣も含めて、全て返してもらえたことには驚きだが。

 今は、ロエに連れられて――王都の外れにある彼女の家へとやってきていた。

 屋敷というほど大きいわけではないが、シャーリィからすれば十分な大きさだ。


「やっぱり、貴族なんだ……」

「正確には元貴族、ですが。まあ、住めればどこだっていいんですが」

「えっ、あんまり住むところとか気にしないタイプなの?」

「今は魔術師として活動していますから――っと、私の話はもういいでしょう。一先ず、あんなところに行って疲れました。少し休ませてもらいます」


 あんなところ――奴隷の競売のことか。

 物言いから察するに、普段から言っているわけではないらしい。

 確かに、普段通いするような場所ではないだろうが。

 ロエはに連れられてやってきたのは寝室――早々にベッドに横になるが、ここのベッドは一つだけだ。

 先ほどのロエの言葉を思い返すと、シャーリィはやはり奴隷としての扱いを受けることになるに違いない。


(……まあ、床で寝るくらいは慣れてるけど)


 冒険者の仕事なら、むしろ野宿だって少なくはない。

 こうして、誰かに買われたとして――年の近い子が相手ならば、幸運な方と言える。

 仮に、買った相手があの場にいる他の誰かであったのなら――想像するだけで恐ろしい。


「何をしているのですか? あなたもベッドで横になりなさい」

「……え?」


 ロエはそう言いながら、それほど広くないベッドにわざわざスペースを作って、自身の隣を手で叩く。


「えっと……」


 さすがに、シャーリィは困惑した。

 ――どれだけのお金を払ったと思っていますか? どれだけあなたが強かろうが、今日から私には絶対服従です。意味は分かりますね?

 先ほど、ロエが口にしたばかりのことだ。

 言葉の意味から察するのなら、どんな扱いをされても文句は言えない、という意味で。

 少なくとも同じベッドで寝よう、なんて提案されるとは思ってもいない。


「さあ、早く」


 だが、ロエはシャーリィを急かすように言う。

 どういうことなのか――分からないままにベッドに座って、そのまま横になると、ロエはシャーリィを抱えるようにして、目を瞑った。


「……? えっと、これは、どういう……?」


 状況がよく分からず、シャーリィはロエに問いかける。すると、


「言ったでしょう。あなたは私に絶対服従だと」

「それは聞いたけど、なんか思っていた扱いと違う、というか?」

「私が何か下卑た願いでもするとお思いですか?」

「い、いや、そんなことは……」


 さすがに、そんな失礼な考えまではしていないが――ロエの目的が分からないために、戸惑っているだけだ。


「別に、私に服従しろと言ったことに嘘はありません。けれど、ひどい扱いをするつもりはありませんよ。きちんと目的もありますし」

「……へ?」


 言うが早いか、ロエは少し身体を起こして、シャーリィに覆いかぶさるようにして口づけを交わす。


「……!?」


 シャーリィは思わず目を見開いた。

 今、ロエに押し倒されてキスをされている。

 反射的に彼女を突き放してしまいそうだったが――身体の自由が効かなかった。

 ――首輪の力が働いているのか、何故か身体の力も徐々に抜けるような感覚があった。


「……んっ」


 小さく、吐息が漏れる。

 指も絡め合うようにして――キスはだんだんと激しいものになっていく。


「ちょ、ちょっと、ま、待っへ――」


 少し離れた隙に止めようと口を開くが、すぐにまた塞がれてしまった。


「んぅ……!」


 ――どうしてキスをされることになったのか。

 何も分からないままに、時間だけが過ぎていく。

 やがて、ロエはゆっくりと口を離した。


「たとえば、このように口づけをするのも、あなたの役目の一つです」


 そう言うと、ロエはそのままベッドに横になる。


(キ、キスをするのが役割って……どういうこと……!?)


 シャーリィは動揺することしかできなかった。

 ただ、シャーリィにとってのファーストキスは、歳の近い女の子が相手で――主人と奴隷の関係になってしまったのだ。

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