騙されて奴隷になったSランク冒険者が没落令嬢に買われるお話

笹塔五郎

第1話 あなたを買った

 少女――シャーリィ・ウィクルスは若くして冒険者の最高位である『Sランク』にまで上り詰めた天才剣士である。

 両親はシャーリィがまだ生まれて間もない頃に魔物によって殺されてしまい、孤児院で育った彼女は、同じ孤児院出身で冒険者になった人の話を聞くのが好きだった。

 シャーリィは困っている人を放っておけないタイプで、どちらかと言えば騎士に向いていたのかもしれない――けれど、彼女はあえて、自由度の高さから冒険者を選んだのだ。

 人に感謝されるのは好きだし、人の役に立ちたいという思いから冒険者になる人間は珍しい。

 だが、その人柄も合って、シャーリィはその名を知られるようになっていた。


「さあ、今回の商品は何と――あの、冒険者としてSランクにまで上り詰めた若き天才少女剣士、シャーリィ・ウィクルスです!」


 ――だからこそ、こうして目玉商品のように売られてしまっているのかもしれないが。


(……どうして、こんなことに?)


 シャーリィはただ、呆然とするほかなかった。

 首輪だけでなく、手足にまで頑丈な枷を取り付けられ、愛用の剣も奪われた――すでに、逃げ出す機会は失われている。

 シャーリィは今、奴隷として高額の競売に掛けられていた。

 実力者であるはずの彼女がどうすればこんな状況になるのか――理由があるとすれば、彼女はお人好し過ぎたのだろう。

 シャーリィには明確に立場があったため、いわゆる彼女に借金の保証人になってほしい、と頼む冒険者が時々いた。

 そう、冒険者と言ってもピンキリで――シャーリィのように成功している者ばかりではない。

 お金の扱いに関して疎かった彼女は、何人かの保証人になったのだが、それが罠であった。

 おそらく、初めからシャーリィを貶める算段をつけていたのだろう。

 シャーリィは稼いだお金の多くを孤児院に送っていたために、すぐに返せるお金を用意できず、今の状況にまで追い詰められてしまったのである。

 まだ、話し合いでどうにかなると考えていた辺り――迂闊だったと言わざるを得ないだろう。

 シャーリィが主に活動拠点としている『ルーベン王国』においては、奴隷に関しては犯罪者やシャーリィのように多額の借金を背負わされた者においては、その扱いを認められている。

 故に、不当な扱いを訴えることもできずに――シャーリィはただ、買われることを待つことしかできないのだ。

 やはり、名のある冒険者であり、幼さの残る顔立ちではあるが、シャーリィの可愛らしさ、人気も相まって――会場においては、彼女を手に入れようとする者が多かった。

 その強さもまた、価値の高さに繋がるのだから。

 そんな中――一人の少女の一声によって、会場は静まり返る。

 今までの競り合いから頭一つ抜き出た金額を掲示したために、誰も後追いしようとしなかった。


「他にいなければ、落札が決定致しますが、よろしいですか?」


 司会の言葉に会場はざわつき、けれど――誰も勝負に出る者はいない。


「では、そこの御令嬢が落札となります!」


 オークションの形式であるために、シャーリィを差し置いて随分と盛り上がっている。

 落札した少女も含めて、会場にいる者は仮面で顔を隠している――無論、シャーリィを手に入れた以上は、少なくともこの会場にいる者達には自ずと正体がバレることになるが。


(……わたしと、同じくらいの子に見えたけど……)

「……」


 落札した少女は――特に嬉しそうな感じを見せず、ただひたすらに冷静であった。

 シャーリィの不安をよそに、着々と引き渡しの手続きが行われて、彼女を買った張本人と対面することになる。


「借金の肩代わりをして奴隷になるなんて、あなたはバカなんですか?」


 開口一番――仮面を外して、少女はそうシャーリィのことを罵った。

 ぐうの根も出ない言葉であったが、彼女には見覚えがある。

 群青色の長髪に、端正な顔立ち――青を基調としたドレスは彼女によく似合う。


「あなたは――」

「ロエ・リスティール様、こちらが契約書になります」


 奴隷商人が言葉を遮り、少女――ロエに紙を渡す。

 さらさらとサインを終えて、シャーリィは引き渡された。

 ロエ・リスティール――王国においてはリスティール家は騎士公爵家であった。

 あった、というのはそのままの意味であり、すでにリスティール家は没落していると聞く。

 つまり、彼女は没落貴族であるが――その存在は認知していた。

 ロエは魔術師としては最高峰の称号である『魔女』であるからだ。

 奴隷商人が部屋を去って、二人きりになったところで、ロエが口を開く。


「若くしてSランクまで上り詰めたあなたが、こんな風に落ちぶれるとは――バカなんですか?」

「ま、また同じこと言ってる! ――じゃなくて、え、えっと……ロエ様はわたしのことを、助けてくださったんですか?」

「畏まらなくてもいいですよ。そういう言葉遣い、あんまり慣れていないでしょう?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて……。ロエさんは、わたしのことを助けてくれたの?」

「助けた、はあまり正しい表現ではないですね。私は――あなたを買ったんですよ、シャーリィ・ウィクルス」


 ロエはそう言うと、シャーリィを繋ぐ首輪の鎖を引っ張って、鋭い視線を向ける。


「どれだけのお金を払ったと思っていますか? どれだけあなたが強かろうが、今日から私には絶対服従です。意味は分かりますね?」

「は、はい……」


 歳が近いからと言って助けられた――なんて考えるのは、やはり甘い考えのようで。

 これからどうなるのか――シャーリィはただ、不安な気持ちを抱えるしかなかった。


***あとがき***

前に書いた作品をちょっとリメイクして書いてみてます。

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