第6話 男同士の
兎にも角にも、彼女はゴブリンに孕まされた訳でもなければ、当然つわりが酷くて吐き気がしていた訳でもない。一安心――と言いたいところだが、こうなると後の問題は。
「でも、私言いましたよね?! 何もされてないって!」
「言っていたか……?」
「言ってました!」
僕はまだしも、アルフは彼女のその胃下垂で膨れた腹部を見て殺そうとしていたのだ。勘違いとはいえ、これは一世一代の大冤罪と言えるだろう。彼は初めて「助けてくれ」という目線を僕に向ける。
「確かに、言っていたな」
「お、おい!」
僕だって彼女を宥めようと多少、いや必死に考えたさ。でも、いくら何でもこればかりは擁護のしようがない。
「どうしてくれるんですか、私の大切な旅の時間を!!」
ほらあ、怒ってますよお、何とかしてくださいアルフレッドさん。
「ケンジもケンジなんだからね! 馬よりも早く移動したら気持ち悪くなるのも当然。他人の、それも男性の前で恥をかかせるなんて!」
トバッチリもいいところだ――と言いたいのは山々だが、何も知らずアルフの言葉を鵜呑みにしてしまったのも事実。数時間分の燃料を無駄にしたわけだし、僕もアルフ被害者の会の一員ではあることに間違いはないが、リリアの強い、それは強い要望に応え、来た道を戻ることになった。
王都から離れる間も、リリアはずっとプンプンしていたし、アルフは反省しているのか膝を抱えて体育座りで体験を抱きしめている。
「そろそろ危ないな」
王都へ向かっていた時に馬車酔い、戦車酔いをしてしまったことを考え、僕はゆっくりと歩を進めていた。そのせいもあってか、段々と陽が落ち、辺りが暗くなってきてしまった。最初に降り立った高原と王都のちょうど中間くらいの場所。小さく開けた湖の畔で野宿をすることになった。
「じゃ、私はテントがありますので」
流石は旅人、準備がいい。そそくさと野営の支度を始めるリリア。対してアルフは無言のまま小枝や枯葉などを集めて焚き火の準備をしている。僕は戦車だし寒さなど感じることはないが、昼間は暖かくても夜はかなり冷えるようで。
「ウウウウウ……」
テントの無いアルフは仔犬のように震えながら焚き火に身体を寄せていた。この身体では寄り添ってあげられる訳もないので(人間の身でも嫌だけど)僕には何もしてあげられない。操縦席に座らせることもできるが、彼が大切に抱えている大剣は室内から飛び出てしまうだろう。
「なあ、お前」
寒さに声を震わせながらこちらに向いた。
「お前は一体何者なんだ? 元人間とか言っていたけど、本当なのか?」
「正直なところ、僕にもよく分からないんだ。確かに人間だった時の記憶はあるんだが、気がついたらこの身体でこの地に降り立っていた」
「転生……」
彼の言葉に僕は生唾を飲み込んだ。なんて勘の鋭い男なのだ、と。
「って、そんな訳はないか。御伽噺の世界だもんな」
そういえばこの男の勘は信用できないのだったな。でも、実力は確かなのだし、もっといい職に就けそうなものなのに。
「アルフはこれからも今の仕事を続けるのか?」
「あ? ああ、ゴブリン狩りのことか。あれは仕事じゃなくて趣味みたいなものさ」
その趣味によって謂れの無い理由で殺されかけた少女が近くで寝ているのですが?!
「本職は冒険者さ。魔物や雑用なんかを引き受けて対価をもらうってな」
聞けば、彼は何か相当な理由があってゴブリン退治の依頼ばかりを受けていて、付いた二つ名が『虐殺者』。ゴブリンに子種を植え付けられた他の種族でさえ容赦なく殺すことから、その名が付けられたのだという。
「酷い話だろう? こちとら真面目に仕事をしているだけなのによ」
確かに間違ったことをしているわけではない。リリアを見つけた時と同様、近くに神官が居ない場合、殺すより他に方法はない。どうせ放っておいても死ぬのだから早く楽になった方が良い、と考えるのは素晴らしく倫理的で合理的な考えだ。しかし、彼の正義はどこか歪んでいるように感じてならない。
「だが、今回のことで目が冷めた気がするよ。お前……ケンジがいなけりゃ俺はとんでもない過ちを犯すところだった」
寒さを忘れ、暗く広い空を見上げて息を吐くアルフ。彼の目には焚き火の灯りがちらちらと溢れんばかりに輝いていた。
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