第2話 鬼気迫る男
ガタガタと重たいキャタピラを動かしながら異世界の高原を走る戦車。それは実にシュールな光景ではあるが、パッと見た感覚では何も不自然さがない。そう、不自然さが足りないのだ。
「魔物とか魔獣とか、出てこないかなあ」
ケンジは完全に自身の強力なパワーを信頼しきっていた。ドラゴンだろうがオークだろうが、この主砲の前に敵は無い――と。その慢心故に僕は薄暗い林へと侵入して行く。
「だ、誰か助けてええ!!」
今の声は……女の人の?!
それは林の奥深く、小さな洞窟の中から聞こえてきた。そこは車体が通れるギリギリの高さで、これがもしティーガー(ドイツの戦車)だったなら通ることは不可能だっただろう。
「何?! 今度はなんなのよお!!??」
キャタピラが岩肌を削る音で、少女と魔物らがこちらを向く。
「これはゴブリンの巣か……」
魔物の中でもズル賢く、集団で連携を取りながら獲物を襲う気色の悪い奴らだ。どうやら僕の異世界感と現実はそう遠く無いようだった。
「今助けるからね!」
とは言ってみたものの、彼女に僕の声が届いているのかさえ分からないほど気が動転しているし、この小さな標的に弾を当てる、しかもこの狭い洞窟の中で戦闘を行うのはかなり厳しい。
『キケケケケ……』
ジリジリと迫るゴブリンの群れに対し、僕は完全に詰んでしまっている。後退しようにも背後は狭く、脆い、入り組んだ岩肌。勇み足にも程があるのではないか――と自分を蹴飛ばしたい気持ちでいると、背後から何者かの気配がした。
「まさかゴブリンが背後に!!?」
「どけ、デカブツ」
彼は大剣を片手に軽々と僕の車体を飛び越えると、凄まじい勢いでゴブリンを一掃し始め、洞窟はみるみる内に死体の山と血の池に変貌を遂げた。
なかなかグロい絵面ではあるが、ともあれ少女が無事で本当によかったと仮想の胸を撫で下ろしたのも束の間、今までゴブリンに向けられていた剣先が今度は少女に向けられているではないか。
「ちょっと待ったあああ!」
さながら結婚式に現れ、駆け落ち展開に持ち込む男のように声を張り上げる。
「なんだ……? お前喋れるのか」
「あ、聞こえてるんだ。じゃなくて、なんで女の子まで殺そうとしているんだよ!」
「関係のない話だ。魔人だか亜人だかは知らないが、邪魔をするならお前も斬るぞ」
この男、目が死んでる。それは獲物を狙い、殺すだけに生きるハンターの目。
もはや人間の心があるようには見えないが、それでも僕は諦めたくない。だって、たった独りでゴブリンの群れを退治できるほどの実力者なら、こんなことをしなくても生きていけるはずだから。
「これが君の仕事だということはよく分かった。でもせめて、何故こんなことをしているのか聞かずには引き下がれないよ」
「ふん、良いだろう」
そういうと彼は少女の腕を乱暴に引き上げ、僕の目の前に差し、彼女の腹部を指差しながら「これが分かるか?」と目を見開いた。
「これって、まさか……」
「人族でなくとも分かるようだな。そうだ、この女の腹にはゴブリンの種が植え付けられている。それが孵化すればどうなるか分かるよな」
「わ、私は違う……何もされていない!」
あまりの惨さに言葉を失った。もし彼女を野放しにすれば、大量のゴブリンがその腹を破って生まれてくる。そうなれば人々の生活に大きな被害を及ぼ酢ことになるだろう。
「……どうにか助ける方法は無いのか?」
「神官の浄化魔法なら救えるだろう」
「それなら――」
「最近、この辺りで唯一いた神官が亡くなった。この女を救うには王都にある教会まで行かなくてはならない。しかし、孵化するのは24時間後。間に合うわけがない」
どうしようもなく、やるせない気持ちが全身を襲った瞬間だった。
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