異世界軍事奇譚〜転生したら戦車でした〜

小林一咲

第1話 新たなる出発

 ケンジ・タンクは、自分の姿を見下ろして唖然としていた。金属の装甲に覆われ、強力な砲塔を持つ自分の体。それは間違いなく戦車だった。目の前に広がる異世界の風景は、彼の想像を遥かに超えていた。青い空、緑の草原、遠くに見える山々。すべてが現実のようでありながら、夢のようでもあった。


「これが、異世界ってやつか……」


 ケンジは、かつて自分が病室で過ごした日々を思い出していた。癌と戦いながらも、ミリタリーオタクとしての情熱を持ち続けた彼は、戦車のことを夢中で調べ続けていた。闘病生活で長く苦しい毎日だったが、唯一楽しいその時間が多少なりともケンジの心を癒していたのだ。それが終わりを迎えた時、彼は自身の守護神と名乗る人物に出会った。


「ようこそ、田中健二さん」


 彼女は神々しくもどこか抜けているような、とにかく掴みどころのない女神だった。話を聞けば彼女はどうやらケンジの悲運に同情し、またそれを嘆いているらしく、上位の神々へ許可を取り、異世界転生なるものを施してくれるそうなのだ。

 広く、浅くがモットーのケンジにとって、ミリタリー系異世界アニメには一応目を通していた。だが、実際に自分がその立場になるとまるで現実味がない。


「あの、烏滸がましいかも知れないんですが、転生特典みたいなのって……」

「もちろんありますよ」

「じゃあ、俺ツエエ! みたいなやつを――」


 二頭追うものは何とやらと言うが、この時の彼はそんなことは頭になく。


「そうですね。もし健二さんが魔王を倒して異世界を救ってくれると言うのであれば、考えなくはないですね」

「ま、魔王ですか」


 異世界モノの定番といえば定番だろうが、まさかの提案にケンジは少々尻込みをする。


「ですが、それを達成するには生身では厳しいでしょう。魔王は既に歴代最強クラスですし、打倒の鍵も勇者が敗北してから遺跡に封印されてしまいましたから」


 すぐに「そんな力は要らない。自分はスローライフが送りたいんだ!」と言えば良かった。だが時既に遅し。守護神の話は止まることなく、半透明な立体映像のようなものに映し出された、前世の行いやステータスから導き出されたケンジの才能に目を輝かせ始めていた。


「こんなのはどうでしょうか!?」

「ええっと、これは戦車ですか……」

「その通りです。健二さんにはこれより異世界でケンジ・タンクとして戦車に転生し、魔王を討伐して平和を取り戻していただきます」


 もはや「嫌です!!」などと言える雰囲気でもなく、観念した彼は女神にある条件を付けてもらった。


「せめて進化しやすくなるとか、成長促進みたいなスキルが欲しいです」

「ええ、構いませんよ」


 何ともあっさり承諾された。

 逆にそれが不安だが。


「レベルアップの条件を満たせば新たな戦車や、部品のパワーアップができるようになります! 上手くいけば船艦にもなれるかもしれませんよ」

「おお! それは実に熱い!」



 そして、今に至る。

 恐らくこの見た目は第一次世界大戦期に開発された〈マークⅠ〉と呼ばれる戦車だ。初の装甲された履帯式の戦闘車両として戦場に登場。その後の戦車製造の原初とも呼べる。この6ポンド(57ミリ)の速射砲がまた嬉しい。


「おっと、脳内再生でくどくど説明している暇はないよな。まずはこの世界を理解しないと」


 そうして、ケンジ・タンク、彼の戦車としての新たな人生が幕を開けるのだった。

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