Episode.14「“サモナー”の目覚め」

1


2日後....


召喚魔法で【短剣“シルバーダガー”】の投てき用サイズを召喚したヴィクトルは下投げで訓練用の標的のど真ん中に命中させた。


「魔導書以外の攻撃手段は、短剣と槍か」


そう呟いたのち再び投てき用のシルバーダガーを出現させると今度は上投げで動く標的のど真ん中に命中させた。


「やはり横に動いてる相手には上投げだな」


指を鳴らしたのち標的に刺さったシルバーダガーを消滅させたヴィクトルは長めに息を吐いた。


「ああっ!此処に居た!」

「ユリウスか。どうした?」


目を合わせる事なく要件を尋ねるヴィクトルは再びシルバーダガーの投てき用を出現させると横に素早く動く標的のど真ん中に上投げで命中させた。


「どうしたもこうしたも、出撃はまだですか?」

「それはお前が尋ねる事じゃないだろ」

「えぇ⁉︎」

「副リーダーのカタリナはどうした?あと他のメンバーは?」

「そ、それは....」

「お前の一存だけじゃ決められないんだぞ。深層がどれだけ危ないか、それをよく知ってる筈だ」


ユリウスは何も言い返せない悔しげな表情を浮かべながら訓練用の標的にダガーを投げるヴィクトルを睨み付けた。


「ヴィクトルさんが言ってる事は御もっともです」

「カタリナか。その後ろにも居るな」

「よく分かりますね」

「訓練中でも、音は入って来るからな」


そう言ったのち息を吐きながら指を鳴らし、標的に刺さったシルバーダガーを消滅させた。


「ヴィクトルさん。ストライクデルタチームは、貴方の号令1つでいつでも出れます」

「カンターメンだった時は毎日潜ってましたからね。こんな数日も深層に行かなかったのは、初めてです」


ヴィクトルは呆れた様に息を吐くと投てきするつもりだったシルバーダガーを消滅させるとカタリナの方を向いた。


「分かった。そこまで言うなら、行くか?」

「はい」

「いつでも行けるわ」

「同じく」

「わ、私も、行けます」

「同じく」

「・・・」


ヴィクトルは何処か不安げな表情でカタリナ達を見渡したのち頷いて返した。







2


深層に潜った一行の目の前に広がって居たのは渓谷だった。しかしクラウス達が潜った時の渓谷は渓流に近かったのに対し、ヴィクトル達の目の前に広がるのは明け方の薄暗い渓谷だった。

木や川は無く岩や崖、草などが生え、見通しが良過ぎて身を隠せそうな場所も無い。ただ高低差がある為それを利用して身を隠したりする事は出来そうだった。


「深層って下に向かえば良いだろ?」

「はい。その通りです」

「なら行くか」


そう言うとヴィクトルは隊の先頭を歩き始めた。

他の3人の破壊者とは違い初めて入る深層に何の驚きや恐怖も無いヴィクトルに不気味な気持ちを覚えたカタリナ達はヴィクトルに遅れない様に着いて行った。


「ッ!」


隊の後ろの方を歩いていたルーナは突然足を止めた。マリアがそれに気が付き振り返った瞬間、下の方から咆哮が轟いた。


「グリードワン、いやそれ以上か....ジャイアント、いやギガント級か?」

「ッ!」

「そのぐらい知ってるさ。色々、調べさせて貰ったからな」

「・・・」

「居たとしてもだいぶ下だろ。気にせず進もう」


そう言ったのち前を向いたヴィクトルは再び歩き始めた。そんなヴィクトルの背中を見ながら一行は再び歩き始めた。が、


(怖いぐらい余裕ね。確かにヴィクトルさん強いけど....)

(何でも知ってる感が、腹立つ)

(今まで深層に行かなかったのは、色々調べて、色々試してたんですね)

(怖い....あの人、他の3人と何か違う)

(まっ、何でも良いや)


「・・・俺はあくまで今まで調べた内容と推測と直感で分析して話してるだけだ。深層がどう言うものか、ビーストがどう言う奴らかも、事前に調べておけばある程度は分かる」


カタリナ達と目を合わせる事なくそう言ったヴィクトル。だがその発言が、より一層ヴィクトルと言う男を、判らなくした。


(情報があるからって、情報だけであそこまで行くとは思えない。情報は経験が合わさって初めて武器になる。・・・もしかして、たった2回の戦闘でそこまで理解したって言うの?)

(もしかして、ヴィクトルさんは此処に来る前に似た経験をして居たの?)

(分からない。考えるのもメンドクサイ)







3


ヴィクトル達が深層を進んでいる頃、


煙草を咥えながら訓練兵達の様子を見下ろして居たアーネストは左横から近付く足音に反応する様に煙草を指で摘むと口から離した。そして足音のする方を向いた。

分厚く綺麗な制服に身を纏い、立派な階級章を身に付け、葉巻を咥えたその男こそ、アーネストらの上官であり、アーネストが今1番会いたくない男だった。


「アーネスト」

「ジェームズ司令。何か、要で?」

「訓練生の様子はどうだ?」

「実戦導入可能な奴は居ません。少なく見積もってもあと1ヶ月掛かるでしょう」


そう言うとアーネストはジェームズから身体を逸らすと指で摘んでいた煙草を再び咥えた。


「防衛隊の方から増員願が来ている。特にアーロンの隊が、今半数しか居ない」


それを聞いたアーネストは眉を顰めると目付きを鋭くした。


「奴らに早死にさせろと?」

「そこまでは言ってない。だが、君も薄々気が付いて居るだろ。破壊者の目覚めは、良い事ばかりではない。ビーストも、本気で潰しに来るぞ」

「・・・何度も言いますが、“少なく”見積もって、あと1ヶ月は必要です」

「その1ヶ月で何人増える?」

「100〜120名には」

「・・・分かった。それで良い。此方も、予備役招集を勧めつつ、装備増強にも力を入れる」


そう言うとジェームズは「邪魔したな」と言ったのちその場から立ち去った。


「・・・」


アーネストは煙草を咥えたまま煙を吐くとより一層表情を鋭くした。


(本当は2週間で60人ぐらいは行けそうだが、早死するリスクを少しでも減らすには、やはり1ヶ月は必要だな)







4


1時間ほど深層を歩いても接敵しない事に疑問と不安を感じ始めるカタリナ達。だがヴィクトルはそんな事を気にする事なく只管歩いた。


(恐らくビーストは俺達の存在に気が付いてる筈。にも関わらず仕掛けて来ないって事は、俺達を誘い込んでるとしか考えられないな。これはグリード何処か、ジャイアントが来るかもしれないな)


そう思ったヴィクトルは眉を顰めると何かを感じ取ったのち脚を止めたのち後ろを振り返った。


「?」

「・・・キルゾーン誘い込まれた」

「え⁉︎」


ヴィクトルの突然の発言に驚きを隠せないカタリナ達。ヴィクトルはすぐ側にある高台を指刺すと、


「彼処で詳しく話す」


そう言ったのち足の裏に魔力を纏わせたヴィクトルは岩壁を駆け上がった。


「ちょっ、ちょっと!」

「仕方ないわね」


呆れた声でそう言ったカタリナはヴィクトルに続く様に壁を駆け上がった。

駆け上がった先で彼らが見たのは少数のラージ級と多数のスモール級によって編成されたマルールビーストの大群だった。


「待ち伏せ、でしょうか?」

「・・・いや、」

「?」


ヴィクトルは鋭い目付きで大群を見下ろした。


「避けれる戦闘なら、避けたいですね」

「避ける事は出来るが、あとが面倒になるぞ」


カタリナの発言に冷たくそう答えたヴィクトルは身体の向きを変えるとカタリナらの方を向いた。


「此処で奴らを潰さずに進めば、後々包囲される。だが此処で仕掛ければ、確実に援軍は来る。・・・俺としては短期決戦で一気に制圧。別働隊が来る前に移動するって言うのが良いと思う」

「ヴィクトル....」

「隊長がそう言うなら、それで良いんじゃないかな?」


ウィルゴーはそう言うとデルニエフォルトを取り出して変身するとピストルソードを両手に構え、2丁拳銃の構えを取った。


「此処の戦い方は任せる。スピード重視の殲滅戦は得意だろ。一応、俺はアイスアサルトを真ん中に撃ち込んでビーストを分断する。あとは任せる」

「わかったわ」

「・・・分かりました」

「了解」


他の4人もデルニエフォルトで変身し、武器を構えるとヴィクトルは立ち上がると全身から魔力を放出したのちフードを深く被ると出現させた魔導書片手にマルールビーストの群れに突っ込んだ。

呪文を唱え、放たれた無数の氷の礫がスモール級の3割を風穴だらけにした頃、彼女達は仕掛け始めた。が、ヴィクトルの次の一手は決まって居た。


「生命の源となる水達よ。我の声が聞こえたならば、体内から凍り付いて殻を打ち破れ」


呪文を唱えながら複数体のラージ級を指差すヴィクトル。するとヴィクトルに指を刺されたラージ級は次々と内側から凍り付き始めた。


「“アイスインパクト”」


名を唱え、指を鳴らした瞬間、凍り付いたラージ級は内側から砕かれた。

“アイスインパクト”。スポットした相手に特殊な水魔力を流し込み、相手の体液を凍り付かせ、凍り付かせ体液ごと相手を砕く魔法。

そんな高威力な魔法によってラージ級の6割が氷のかけらに変わった頃、

カタリナは双剣で次々とスモール級の頭部を斬り飛ばし、

ユリウスは合体させたブレイドでスモール級を真っ二つに斬り裂き、

マリアはスナイプモードでラージ級を撃ち抜き、

ルーナはピストルブレイドの二刀流で次々とスモール級を斬り裂き、頭部に風穴を開け、

ウィルゴーは2丁拳銃からなる精度ガン無視の巧みな制圧射撃でスモール級を風穴だらけに、

それぞれのやり方で素早くマルールビーストを潰していった。


「ッ!」


ヴィクトルは“シルバーダガー”の投てき用サイズをラージ級の頭部に突き刺したのち“ヴァーチェランス”を構えるとラージ級を貫きトドメを刺した。そんなヴィクトルを援護する様にマリアがラージ級に風穴を開けた。


(流石だな)


カタリナ・ユリウス・ルーナ・ウィルゴーはスピード重視のアクロバットな戦闘を好む。そんな4人をマリアが狙撃で支援する。そうやって戦って来たと言う事を前回の戦闘やこれまでの実戦データで知ったヴィクトルはカズキやクラウスとは違い“仲間がやりたい様にやれる様に立ち回る”と言うやり方を選んだ。

結果、従来なら6〜8分。ヴィクトルの予想では4〜5分掛かる戦闘がたった3分で片付いた。







5


ヴァーチェランスを消滅させ、戦闘体勢を解いたヴィクトルは自分の後ろから迫るカタリナらの方を向いた。


「ヴィクトル。あなたが範囲攻撃で先制したのとラージ級を優先して叩いてくれたお陰で、戦い易かったわ」

「俺はただ、君達が戦い易い様に立ち回っただけさ」

「意外と頭が回るのね。その割には、作戦も何もなかったみたいだけど」

「クラウスみたく、作戦を考えて伝えるより、個々に任せた方が良いと思ってただけだ」


そう言うとヴィクトルはカタリナ達から目を逸らすと「新手が来る前に進もう」と言った。だが、


「遅かったわね」

「来ちまったか....」


呆れる様にそう呟いたヴィクトルはマリアが向く先を見た。すると彼らの視線に入ったのは30メートルはある途轍もなく厄介な存在だった。


「ジャイアント....」


“ジャイアント級”。

グリードワン級同様にマルールビーストの死骸を吸収して巨大化する個体。

グリードワン級との違いは元からそれなりの知性を持って居る事、大きさによっては四足歩行になる事、学習能力が無い。などが挙げられる。


ジャイアント級はヴィクトルらによって作られたマルールビーストの死骸を吸収すると50メートルはある四足歩行の巨大へと変化した。


「厄介ね....」

「キルゾーン。恐るべし」

「・・・」


ヴィクトルはフードを深く被ったまま前に出ると、


「ジャイアントは任せろ」

「・・・まさか、」

「いや、俺は“変身”はしない。が、それに相当するものはある」

「え?」

「俺、今から無防備になるから、ビーストが来たら頼む」


そう言うとヴィクトルは全身を銀色に輝かせたのち足元に魔法陣を出現させると中から大きな杖を呼び出し、それを右手に掴むと自分の目の前に突き立てた。

そして杖の先端を三角になぞったのち赤く光る部分に左手の人差し指と中指を当てたのち左手に赤いオーラを纏わせるとそれを前に突き出した。


『召喚。【炎を操りし煉獄の大魔神“イフリート”】』


左手を前に突き出した際に出現させた魔法陣から炎に包まれた巨大な脚が現れた。それらを見たカタリナ達は全てを察した。


「・・・サモナー....召喚士....」

「これで、揃いましたね」


【破壊者“サモナー”】


ヴィクトルは左手を高く掲げ、魔法陣を浮かび上がらせると徐々に炎に包まれた巨体の姿を露わにした。







6


炎に包まれた巨大な人型が全て出現すると同時に魔法陣は消えた。すると周囲に炎を撒き散らしながらその巨体は姿を露わにした。

朱色で筋肉質な身体、鎧代わりの様に纏わられた炎、頭から生える鋭いツノ、

ヴィクトルが召喚したイフリートはまさにカタリナ達が伝承で知って居る姿そのものだった。


イフリートは咆哮を挙げたのち自分と同じ50メートルある四足歩行のジャイアントに向かって突っ込んだ。

ジャイアントも咆哮を挙げたのち突っ込んだ。

イフリートは助走を利用してジャイアントの突進を止めるとそのまま顎にアッパーを喰らわせ、ジャイアントをひっくり返すと尻尾を掴み5回回転させると岩壁に向かって投げ飛ばした。


「凄い怪力ですね....」

「身長は同じ50メートルでも、ジャイアントの方が四足歩行の分大きくて重い筈ですからね」


イフリートは咆哮挙げながら距離を詰めるとジャイアントの腹に6発パンチを喰らわせた。

ジャイアントも負けじと後ろ脚でイフリートを蹴り飛ばしたのち身体を起こすと同時に重たい尻尾の一撃を喰らわせた。

イフリートが体勢を崩したのをチャンスと捉えたジャイアントは再びイフリートに突進した。するとイフリートは体勢を立て直すと同時にジャイアントの突進を払い除けるとそのままヘッドロックを仕掛け、首を締め上げた。

イフリートの左腕で首を締め上げられるジャイアントは悲鳴混じりの咆哮挙げた。

するとその咆哮に反応する様に岩陰から次々とマルールビーストが現れるとヴィクトルに向かって走り始めた。


「ッ!」

「イフリートじゃなくてヴィクトルを狙うとは。見抜かれた様ね」

「流石はジャイアントですね。って感心してる場合じゃないですね」

「その通りよ。私達で何とかするわよ」

「「「はい!」」」


カタリナ・ユリウス・ルーナ・ウィルゴーは一斉射に散開するとマルールビーストの群れに斬り掛かった。マリアはヴィクトルのすぐ後ろに立つと4人の隙を突いてヴィクトルに近付くマルールビーストを撃ち抜いた。


(此奴は、時間が無いな。“炎獄破包”を使っても良いが....相手は巨大且つ高重量。・・・だったら、)


ヴィクトルはすぐさま戦術を整えるとイフリートにそれを伝達した。

イフリートはより強くジャイアントの首を締め上げた。するとジャイアントは呻き声を挙げながら口から泡を拭き始めた。その状態でイフリートはジャイアントの後頭部を何度も何度も殴ると右拳に強力な炎を纏わせると首を左手で思いっきり掴んだ状態でヘッドロックを解くと腹に強力な右拳を喰らわせたのち別の岩壁に吹っ飛ばした。


(今だ!行け!)


イフリートは咆哮を挙げながら両方のツノを赤く発光させるとジャイアントに勢いよく突っ込んだのち腹にツノを突き刺すとジャイアントの体内に強力な炎を送り込んだ。

ジャイアントは数秒で悲鳴も挙げれなくなると口から火を吹き始めた。そして更に数秒後、ジャイアントは体内から溶かされ、ドロドロの溶岩と化した。

跡も形も残らず溶岩化したジャイアントは冷えて固まる事なく焼失した。


(よくやった)


ヴィクトルは咆哮を挙げるイフリートに力強く頷くとイフリートの頭上と足元に魔法陣を出現させ、挟み込む様に魔法陣に納めると杖の中に回収した。







7


「ビーストが、退いていく?」


ジャイアント級が跡形もなく焼失した途端、マルールビーストの群れはヴィクトルらに背を向けると一目散に走り始めた。


「総員、追撃は禁止」


カタリナはそう言うと元の姿に戻ったのちフードを外しながら自分らのもとへ来るヴィクトルに目を向けた。


「ボスが居なくなったことで統制を失ったんだろ。キルゾーンは、崩壊した筈だ」

「本当、何でも分かってる様に言うわね」


突っかかる様にそう言うユリウスに何も返す事なくヴィクトルは帰還を決断し、それを伝えた。


「やっぱり、あの能力は身体に負荷が?」

「それもあるが、こんな浅いところにジャイアントが現れるってのが、引っ掛かる。地上に何かあるかもしれない」

「確かに」

「なら、戻りましょうか」


ヴィクトルは頷いて返すと来た道を戻ろうと歩き始めた。


(“イフリート”。強いは強いが、何故かイフリートの熱が俺にまで来るから操作するのきついな。まぁ多分、呼び出した代償なんだろうけど....)




その後、

ヴィクトルらは地上に戻るまでの間に2回の強襲を受けたが全て返り討ちにした。

地上も、小規模の侵攻があったがマナミ率いるディフェンスアルファチームの活躍で被害無く終わった。

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