Episode.09「“ハチロク”」

1


「・・・」


アーネストは煙草を咥えながらミッシェルと各ストライクチーム、そして救護班のエイハブから提出された報告データに目を通していた。


(過度な力の使用による過労か。....今だに熱は下がらない、か)


煙草を指で摘み、口から離したのち下向きに煙を吐いたアーネスト。

戦闘終了から6時間が経過しても熱が下がらないカズキにとある疑問を持ったアーネストは灰皿で煙草を揉み消すと秘書のハーシュルを呼んだ。

スイッチから手を離したのちマツリとエイハブ、両者が記載していたとある報告の影響で自分の中に出来た疑問、それを整理していると扉がノックされると同時にハーシュルが入室して来た。


「お呼びでしょうか」

「ああ。1つ、頼みたい」

「はい。何なりと」

「クラウス・カズキ・レナード・ヴィクトル。この4名の身体能力を検査しろ。身体スキャンを使った簡易的な物で良い。今すぐにだ」

「わかりました」

「行って良い」

「ハッ」


ハーシュルはアーネストに敬礼をしたのち部屋から退室した。それを見送ったアーネストは背凭れに寄り掛かると椅子をクルッと回転させ、窓の方を向いた。


(どう動くから奴ら次第だが、無理な動き方をされて怪我をされるのは気分が悪い。要らぬ助言に思われるかもしれんが、するに越した事はないだろう)







2


「・・・、....?、....ッ、!」


前にも来た事のある水縹色の空間でカズキは眠りから目覚めた。カズキが目覚めても尚、その空間はカズキに妙な安らぎと癒しを与えて続けて居た。


「此処は....いつも思うが、此処は何処だ?」


カズキはそう思いながら身体をゆっくりと起こし、立ち上がった。そんなカズキを後ろから照らす様にY字の朱色の発光体が現れた。


「ああ。またこのパターンか」


発光体は心臓の鼓動の様な音を出すと50メートルはある薄緑色の巨人が現れた。背中から10メートル程ある2本の翼の様なウォーターグリーンカラーの突起物を生やした巨人はカズキを見下ろした。


「・・・」


カズキが無言でそれを見つめていると巨人は胸元にある朱色のエナジーコアを輝かせたのち自身を青葉色に染めると5メートル程にまで身体を縮小すると同時に姿を変えた。


「?」


それはカズキが進化した姿によく似ていた。

ただ違うのは、後頭部の襟足からアクアブルーの長髪を生やしている事だ。それに加えてウォーターグリーン色の胸当てらしき物の中央で輝くY字型のエナジーコアは埋もれた様に細く、小さくなっていった。


「・・・何故、違う?」

『これが、普段の私だ』

「⁉︎。話せるのか?」

『今まで融合が進んで居なかった為、諭す事しか出来なかった』

「・・・」

『10メートル以下では、この様に長髪を生やした姿になる。前の適応者は、この長髪を使って相手の首を締め上げる、なんて事もしていた』

「前の?。俺だけではないのか?」


スレイヤーは静かに頷いて返した。するとスレイヤーは優しく右手を持ち上げるとカズキに手のひらを向け、


『君が、ハチロク番目の適応者だ』

「ハチロク....86番目か」


スレイヤーは静かに頷いた。


『“間違った終わり”は、何処にでも存在し得る。それが存在する限り、“破壊者”も存在する。だが、』

「?」

『破壊者は間違った終わりにつき1人。こうも4人の破壊者揃うという事は、・・・これは、凄まじく、厳しい戦いとなるだろう』

「・・・」

『だが、1つ幸運な事がある』

「?」

『私と君の適応が、私の想像よりも遥かに早かった事だ。私の場合、普通なら2〜3年掛かってたどり着く姿に、君はたった2日で辿り着いた。適応が、進んでいる、と言う事だ』

「・・・多分、前の記憶が無い、無の状態だったからだろう....」

『・・・すまない』

「?。何で謝るんだ」

『君の記憶が無くなったのは、私のせいだ。・・・私は君の戦う覚悟を聞いた瞬間、転生時の反動を利用して、君の記憶を消した』

「別に構わんよ。多分、前の記憶があったら、俺は逆に戦えてない。ゼロからスタートの方が、やり易い事もある」

『そうか....』


スレイヤーは静かに顔を挙げた。


『今までの適応者とは、“変身”だけの関係だった。だが君とは、それ以上の関係になる様だ』

「やはり、破壊者としての力をフルで使わなければならない程、今回はヤバいのか?」


スレイヤーは静かに頷いた。


『今まで破壊とは、規模が違う。マルールビーストは、“生命体の負の感情”を餌に成長する。つまり、人間或いはそれに該当する“感情持った生物”がいる限り、滅ぼす事は困難だ』

「似た様な物を聞いた覚えがある様な気がする。確か、生命体の恐怖を餌にするビースト....うーん、名前が思い出せないが、」

『恐らくそれの、分離進化系だろう』

「・・・破壊、出来ないのか」


スレイヤーは首を横に振りながら『分からない』と言った。


「分からない?」

『力をフルで開放した破壊者が4人居れば、....だからこそ、破壊者が集結したのかもしれない』


カズキは目を見開いたのち数回頷くと再びスレイヤーと目を合わせた。


「やれるだけやろう。俺はその為に呼ばれたんだ」

『ああ。共に行こう』


カズキは力強く頷いて返した。







3


3時間後....


「もう10時間近く、眠ってるわ」

「・・・」


マツリの視線の先に無言で目を向けたクラウスは病室のガラスに手を添えると目付きを鋭くしたのちと僅かに不安げな表情を浮かべた。


(変身は、それだけ身体に負荷が掛かるものなのか....)


「深層の事は、任せろ。カズキを頼むぞ」


そう言うとクラウスはガラスから手を離すと廊下を歩き始めた。


「・・・」


クラウスを見送ったマツリは再び病室の中で眠るカズキに目を向けた。

1時間ほど前まで高熱のうなされ続けていたが、今は熱は僅かに下がり、うなされる事なく静かに眠っていた。

そんな中クラウスは、何かを考える様な表情を浮かべながら廊下を歩いていた。



『(“空を制する天空戦士”。貴方が、ハチロク番目の適応者です)』

「(ハチロク?。....あぁ、86番目か)」



仮眠中、夢の中に現れた“朱色の巨人”との会話の一部を思い出したのち「ハチロク、か....」とボソッと呟いたクラウス。

そんなクラウスは足を止めると自分の右腕に目を落とした。


(“空を制する”か。俺はどんな姿になるんだ?)


そう思いながら顔を挙げると6人の女戦士がクラウスの目に入った。


「此処に居ましたか。クラウスさん」

「?」

「“ディフェンスブラボーチーム”リーダーのサイリです。宜しくお願いする」


先言後礼で丁寧に頭を下げるサイリ。それを見たクラウスも、


「“ストライクブラボーチーム”、チームリーダーのクラウスだ。宜しくお願いします」


同じ様に先言後礼で挨拶をするクラウス。すると他のメンバーも自己紹介を始めた。


「アジーだ。宜しく」

「アイラだ。宜しく頼む」

「カアラです。宜しく」

「デュースです。宜しくお願いします」

「ユリアです。宜しくお願いします」


(クルー系が3人か。こりゃまた....)


何とも言えない感情がクラウスの中で芽生える中、クラウスの中にある考えが生まれた。


「ディフェンスブラボーチームも、もしかして俺の傘下か?」

「はい。元々ストライクブラボーチーム傘下ですので、貴方の権限で動かせます」


クラウスは口元に手を添えて考えると「あっ」と声を溢した。


「ディフェンスブラボーチームって、深層で活動出来るのか?」

「はい。ただ、ストライクチームの4割程の時間だけですが」


(4割。まぁ充分か)


「先の戦闘の残党捜索と付近の状況確認に人員が居る。共に深層に入ってくれないか?」

「わかりました」







4


クラウスはストライクブラボーチームとディフェンスブラボーチームを率いて深層に入るとすぐさま異変に気が付いた。


「何だ、これ?」


クラウスらの目の前には1回目入った時とはまるで違う風景が広がって居た。

1回目の時には廃墟と化した街だったのか、今回は渓谷になっていたのだ。


「これは、一体....」

「深層は、常に変化しています」

「ただ、此処まで大きく変わったのを観るのは、初めてだな」


アニエスの言葉に補足を入れる様にガエルはそう言った。クラウスは表情を鋭くするとギロっと目線を右に向けた。


「・・・こっちだ。着いて来てくれ」


クラウスはそう言うと隊の先頭を歩いた。

数分歩いたのちクラウスは右眼を睨み付ける様に鋭くすると全身から魔力を放出した。

それを合図にストライクブラボーチームとディフェンスブラボーチームはデルニエフォルトで変身した。

クラウスは両腕にアローアームドを装着し、ノーマルボウを手に取ると岩陰の近くにしゃがみ込んだ。


「かなり居ますね」


クラウスのもとに集まった一行。

アニエスは岩陰から渓谷下を覗くとそう呟いた。


「深層の入口付近に大軍。やるしかないな」

「作戦は?」

「・・・」


クラウスは辺りを見渡しながら数秒考えると数回頷いたのちチームメンバーの方を向いた。







作戦を伝達し終えたクラウスは散開を命じると自分の隣に残るアニエスの方を向いた。


「前は任せた」

「了解ッ」


クラウスはチラッと目を動かすとエルザ・メリッタとガエル・オリビアが配置に着いたのを確認するとアニエス先行で渓谷を下る様に崖を滑り降りた。


(先に潰すは、彼奴か)


そう思いながら狙いを定めるとミディアム級の急所を射抜いて倒した。すぐさまアローアームドから発生させた次の矢を弦に引っ掛けて引くクラウス。それに負けじとアニエスもボウガンでスモール級を射抜いた。

クラウスとアニエスが坂を半分まで降った頃、マルールビースト達は別方向から射抜かれるか撃ち抜かれた。


(始まった)


クラウス・アニエスとは離れたところから坂を滑り降りながらマルールビーストを狙い撃って居たのはガエル・オリビアのペアだった。

クラウスにとっては坂を滑り降りてる最中にどれだけ削れるか、それが勝負の鍵だった。

坂を降り切ったクラウスは素早く体勢を整えながらしゃがみ込むとミディアム級2体を素早く射抜いた。


「テェヤァァッ!」


ボウガンからブレイドに切り替えたアニエスはマルールビーストに斬りかかった。それに続く様にガエルもマルールビーストに斬りかかった。


(ッ!、ガエル達の降るスピードが思ったより早かったか。これは誤算だな)


近接戦闘を得意とするガエルはクラウスの想像よりも速いスピードで坂を滑り降りてしまったのだ。そんなガエルに続く様にブレイドを逆手に構えるオリビアがマルールビーストに斬り掛かった。


「仕方ない。プランBだ」


そう呟いたクラウスはノーマルボウからイフリートボウに変えると炎で出来た矢を産み出すとそれを空に向かって放った。放たれた矢は空中で砕けるとマルールビーストの頭上に無数の火の玉を降らせた。

イフリートボウを構え直したクラウスはチャージした矢でラージ級を射抜いた。

その瞬間、マルールビーストの群れの背後をディフェンスブラボーチームの面々が斬り掛かった。

背後からも攻撃を受け、退路を塞がれたマルールビーストは正面で1番手薄な場所を探し出すと包囲網の突破を図った。


「思ったより速いな。エルザ」

『わかりました』


クラウスの声に応える様にエルザは狙撃を開始した。一体一体丁寧に狙い撃つエルザ。しかし、包囲網を抜け出そうと必死なマルールビーストを狙撃だけで止めるには無理があった。

そんな中、クラウスにとって嬉しい誤算が起きた。


『クラウスさん。準備OKです』

「もう出来たのか?」

『はい。バッチリです』

「よし、セカンドフェイズだ!」


クラウスが号令を掛けるとガエルが離脱すると同時にアニエスとオリビアがブレイドからボウガンに切り替えると2人はクラウスと共に後退しながらマルールビーストを射抜いた。

マルールビーストの群れはそんな3人に追撃を掛けた。

そして3人がマルールビーストを射抜きながら後退すると、


「この辺だな。よし、退避だ」


3人は足元に魔力を集中させると思いっきり跳躍したのち、崖を駆け上がった。


「・・・」


メリッタは3人が崖を登り切ったのを確認すると右手に握った起爆スイッチを押した。

起爆スイッチが押された事でメリッタの仕掛けた爆薬が起爆。マルールビーストは1匹残らず吹き飛んだ。


(陽動や待ち伏せ用に持ち歩いてる爆発物が、こんな風に役に立つなんて)


そう思いながらメリッタはチームメンバーと合流した。


「流石だな」

「皆さんの援護あってです」


クラウスは頷いて返しながらサイリの方を向くと、


「戦闘続行は可能か?」

「はい」


クラウスは「よし」と呟くと次にやるべき事を考えた。が、次の瞬間、クラウスは目を見開きながら後ろを振り返ると黒く、大きな影が彼らの前を過った。


「!」

「な、何?」

「今のは一体⁉︎」


クラウスはすぐさまイフリートボウを構えると、影に向かって矢先を向けた。


「ッ!、あれは⁉︎」

「グリードワン!。しかも飛行タイプ⁉︎」

「ビーストって、空も飛ぶのか?」

「20メートル以上のグリードワンだと、飛行能力を持つ者も居ます」


アニエスの言葉に驚きを隠せないクラウスの前に20メートルタイプのグリードワン級飛行型が姿を見せた。

翼を上下に動かしながら風を起こし、土煙を起こすグリードワン級。するとグリードワン級は渓谷下へと降りるとマルールビーストの死骸を捕食するなり吸収するなりを始めた。


「・・・罠にハマったのは、俺達だったって事か」

「吸収する死骸を作る為に、わざと戦わされたって事?」


メリッタの言葉にクラウスは頷いて返した。


「自身の成長の為に仲間を犠牲にするとはね〜」

「ビーストの気持ちは、理解出来ません」


アジーの言葉にデュースがそう反応するとクラウスはイフリートボウを消滅させた。


「・・・」


マルールビーストの死骸を捕食及び吸収し終えたグリードワン級は身体全体を青白く輝かせると50メートルにもなる巨大に数百メートルはある巨大な翼を広げた。


「この前のグリードワン程じゃないが、アレもアレで悪魔みたいな奴ね」

「空飛ぶ悪魔ね....いや、アレが本来の悪魔?」

「どうでも良い」


クラウスは吐き捨てる様にそう言うとアローアームドを赤く輝かせながら全身を僅かに朱色に輝かせた。


「クラウスさん?」

「まさか!」


クラウスはサイリの方を向くと頷いて返したのち前を向くクラウス軽く息を吐いた。

赤く輝きながら形状の変わったアローアームドに出現した球体状のクリスタルが重なり合う様に腕を交差させたのちクリスタルを転がす様に腕を外側に振り下ろすとアローアームドから炎が放出され、その炎が両腕を包み込むとクラウスはイフリートボウを召喚し、左手に掴むとイフリートボウ本体の炎を強く燃やした。

その後胸元に朱色のY字のエナジーコアを出現させると瞳を赤く輝かせたのち全身の光を強くした。


「(行けるか?“ハチロク”)」

『(ハチロク?、そうかハチロク番目だからか)』

「(ああ)」

『(行ける。やろう)』

「(了解だ)」


クラウスは大声で叫びながらイフリートボウを高く高げると朱色の光に包まれて“巨大化”、つまり“変身”した。

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