第56話後見人候補 弐

 山吹大納言やまぶきのだいなごんが桐壺御息所の後見人に立候補したことは瞬く間に宮中に広まった。

 左大臣派としては願ってもない話だった。

 後宮に居ない妃とはいえ、姫宮を産んだ御息所。

 左大臣家が二人の妃と一人の姫宮の後見人になれば、少しでも右大臣家に対抗できるというものだ。

 少々心もとないが、ないよりかはマシだ。






「左大臣、子息の山吹大納言やまぶきのだいなごんの申し出、どう思う」

「恐れながら、息子の浅慮に少々呆れております」


 左大臣は帝の問いに率直に答えた。


「心無い振る舞いをした左大臣家の者が後見人になるなどと、図々しいにもほどがあります。内親王さまの件についても、早急に対応させていただく所存にございます」

「それは頼もしい」

主上おかみからお預かりした大切な内親王さまは、私の力の及ぶかぎりお守り申し上げます。それが御息所さまと内親王さまに対する贖罪と心得ております」

「うむ」


 帝は満足そうに頷いた。

 二人のやり取りを聞いていた頭弁も、これで一安心と肩の力を抜いた。


 誠実を絵にかいたような左大臣。

 その人柄に嘘偽りはないだろう。

 何故、彼のような人物から山吹大納言やまぶきのだいなごん宣耀殿女御せんようでんのにょうごのような不心得者が生まれるのか。

 世の中とは不思議なものだと、頭弁は思った。


 こうして、山吹大納言やまぶきのだいなごんの御息所後見人の話しは見送りとなった。









「何故、許可がおりない!?」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんは苛立っていた。

 後見人就任の話が先送りになったからだ。


「恐れながら……主上おかみのご判断でございます」

「だから、なぜだ!」


 頭弁は胃が痛くなった。

 この問答を何度も繰り返さねばならないのか……と。


「左大臣さまも反対なさっておいででした」

「なに?」


 頭弁は、山吹大納言やまぶきのだいなごんのこめかみに青筋が立つのを見た。


「父上が反対する理由は何だ!?」


 頭弁は戸惑った。

 正直に告げるわけにはいかない。

 山吹大納言やまぶきのだいなごんを怒らせて、御息所や女三の宮に危害を加えられたら大変だ。

 絶対にないとは言い切れない。だって大納言は宣耀殿女御せんようでんのにょうごの兄だから。


「反対する理由は左大臣さまから直接お伺いくださいませ」

「なんだと!?」

「実の親子なのですから、されたらいかがですか。です」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんはピクリと眉を動かした。

 以前、自分が言った言葉を思い出したのだろう。

 悔しそうに頭弁を睨みつけた。


「これは、主上おかみのご判断でございます」


 頭弁は、山吹大納言やまぶきのだいなごんの視線を真正面から受け止めた。


「左大臣さまも主上おかみと同じご意見でいらっしゃいます」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんは、ギリッと歯噛みした。

 そして吐き捨てるように「覚えていろよ」と言い残すと、荒々しく退出していった。

 山吹大納言やまぶきのだいなごんが退室していくのを見ながら、頭弁は、心の底からげんなりした。

 もう勘弁してほしい……と思わず天に祈ったほどである。


 


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