第52話帝の溜息 壱

 女三の宮に会いに来たのに、何故か肝心の娘の姿は見あたらない。


「これはどうしたことだ」


 帝は、女房たちに尋ねた。


「お部屋でお休みになっていらっしゃいます」

「熱でもあるのか? どこか具合が悪いとか?」

「いいえ、ただ、お休みになっているだけでございます」

「女三の宮は幼い。身体の具合が急に悪くなることもあるだろう」

「いえ、決してそんなことはございません。お疲れになっただけでございます」


 女房たちが慌てて代わる代わる説明し始める。


 曰く、「女三の宮は内裏に来て日が浅く、まだまだ緊張なさっていますので、人疲れなさったのです」。

 曰く、「昨日も夜遅くまで、女童たちと遊んでいらして、お疲れになったのでしょう」。

 曰く、「主上おかみが、いらっしゃると知り、嬉しくて、朝からはしゃいでいらしたので、お疲れになったようです」。


「なるほどな……」


 帝は頷いたが、しかし、納得できない。

 女房たちは、あの手この手を使って、帝の追求をかわそうとする。

 それでいて宣耀殿に足止めし、帝を帰そうとしない。


 女三の宮の様子を知るためにも、帝は直接、女三の宮の部屋を訪ねたいがそれもできない。

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごなど、さっきから自分のことばかり喋っている。


「新しい衣は、いかがでございますか? とても、美しい色でございましょう?」


 派手な色の衣を広げて見せてくる。

 華美を好む宣耀殿女御せんようでんのにょうごらしい衣装だ。


「まことに、女御さまにお似合いでございます」

「はい、本当に」


 女房たちまで、太鼓持ちだ。

 賛美の言葉しか口にしない。


 帝は、女三の宮のことを聞きたいのに、女御は、自分の衣装のことばかりを話し続ける。

 話題を変えても、女房たちが余計な話を持ってくるので苛立ちがつのる。


「それで、いつになったら女三の宮に会えるのだ」

「お熱もございませんし、お身体の具合が悪いわけでもございませんので、きっと今は、疲れて休まれているだけでしょう。しばらく、お休みになって落ち着かれたら、お会いになれますわ」

「政務があるのだ。寝ているのなら、女三の宮の顔だけ見てくる」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごや女房たちが止めるのも聞かず、帝の足は自然と女三の宮の部屋の方へ向かった。

 部屋の前で控える女房たちも、帝が中に入るのを必死に止めようとしている。


「お待ちください。女三の宮は、いま、お休みになっておられます」

「顔だけ見て帰るだけだ」

「お疲れになっておられるので……」


 女房を振り切って、帝は部屋の中へ入った。

 部屋の中はもぬけの殻。

 女三の宮がいない。


「これはどういうことだ。なぜ、女三の宮はいないのだ」


 寝ているはずの娘がいない。

 そもそも部屋にいないのだ。

 どうりで女房たちが帝と女三の宮を会わせようとしないはずだ。


主上おかみ


 振り返ると宣耀殿女御せんようでんのにょうごがいた。


「女三の宮はどこだ?」

「今朝まではいましたのよ。ですが、いつの間にか居なくなってしまって。宣耀殿が気に入らないようですわ。誰に似たのでしょう」


 悲し気な表情を作って宣耀殿女御せんようでんのにょうごは、顔を袖で覆う


主上おかみからもよくよく言い聞かせていただきたいですわ。私の言うことに逆らってばかりで。誰に似たのか、本当に困ったこと」

「それで、女三の宮の行き先に検討はついておるのか?」

「さあ? 存じませんわ」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは小首を傾げる。

 その仕草は可愛らしいが、帝には白々しく見える。


「下々と混じって暮らしていたせいでしょうか。ずいぶんと利かん気で。本当に誰に似たのでしょう」


 生母に似て、と言いたいのだろう。

 帝は、宣耀殿女御せんようでんのにょうごを冷ややかな目で見下ろす。


「なにが気に入らないのか分かりませんわ。私の言うことを全く聞きませんの。母として尽くしていますのに……悲しいですわ」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは袖で涙をぬぐったが、その涙は嘘くさい。

 恐らく、女三の宮を追い出したのだろう。

 これが初めてとも思えない。

 帝の先触れで、慌てて探したが見つからず、仕方なく体裁を繕った。


「女三の宮はこちらで探そう」


 これ以上、女御の茶番に付き合っていられない。

 帝は踵を返した。

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは、慌てて帝の後を追う。


主上おかみ、お待ちくださいませ!」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごがまとわりついてくるのを無視して、帝は進む。

 やはり彼女は“母親”になれない人種だ。

 あまり期待はしていなかったが、この分では猶子の話しは見送った方が良い。

 帝は、そう判断した。


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