第51話幼き姫宮 弐

「とりあえず、中に入りましょうか」

 

 蓮子れんしの提案に、時次が頷いた。

 女房たちが女三の宮を藤壺の室内に案内するのを見ながら、蓮子は時次に声をかける。


「それで?女三の宮さまがどうしてここにいるのかしら?」

「さぁな」

「さぁなって……」


 時次は肩を竦める。


宣耀殿女御せんようでんのにょうごが女三の宮を猶子に迎えたいと言い出している」

「え……?」

「内々での話らしい。まだ知っているのはごく少数だ。主上おかみも決めかねている」


 蓮子れんしは眉を顰めた。


宣耀殿女御せんようでんのにょうごは、桐壺御息所を嫌っているのでしょう?どうして猶子の話なんて……」

山吹大納言やまぶきのだいなごんが言い出したらしい。また何か企んでいるんだろう」

「企むね。幼い女三の宮を使って主上おかみの関心を得ようとでも考えているのかしら?」

「可能性は高い」

「呆れた……」


 蓮子れんしは溜息をついた。

 子供を使っての懐柔作戦だろうか。

 帝も我が子可愛さに宣耀殿へ足繁く通うようになるかもしれない。

 そうなれば自然に清涼殿へのお召も増える……かもしれない。


主上おかみも、女三の宮を女御の猶子にするかどうかは検討中だ。暫くともに過ごさせて、相性が良ければ猶子にすると仰っている。女三の宮にも頼りになる後ろ盾が必要だしな」

「それで、女御の局に?」

「ああ。宣耀殿女御せんようでんのにょうごの猶子になれば左大臣家の庇護を受けられる。そうなれば、女三の宮も後見に困ることはないだろう、と仰せだ。宣耀殿女御せんようでんのにょうごも“宮さまの母君”となれる」

「なるほど……双方に利があるというわけね」

「まぁ、他にも色々あるだろうが」


 中々、面倒なことになっている。

 というよりも、宣耀殿女御せんようでんのにょうごが継子を可愛がる姿が全く想像できない。

 自分の女房だった御息所を嫌悪し虐待していた話しは有名である。嘘も混じっている気はするが、彼女の性格が噂を助長させたのも事実だろう。「あの女御ならやりかねない」と。

 女三の宮を引き取ったとして、果たして可愛がるだろうか……と蓮子れんしは思った。


「そういえば、女三の宮をどうして蓮子れんしが見つけたんだ?」

「散策していたら、泣き声が聞こえてね。声のする方に行ってみたら見つけたの」

「……偶然か?」

「ええ、偶然よ」

「なるほど……」


 蓮子れんしの言葉を聞き、時次は眉根を寄せた。

 なにか思うところがあるらしい。

 もしかすると既に始まっているのかもしれない。


 幼い女三の宮は自分のことを“五条の娘”と名乗った。

 

 当たり前のように。

 ごく自然に言ったのだ。

 蔑称だと知っていたのかは分からない。

 幼すぎて蔑称だと理解できていないのかも。

 

 宣耀殿では、そう呼ばれているのだろう。

 でなければ“五条の娘”なんて名乗らないはずだ。

  


「飛香舎に戻ったら調べてみるか」

「宣耀殿を?それとも女三の宮を?」

「両方だ」


 時次が即答する。

 蓮子れんしも同意見だった。


 あの子にはなにかある。

 そう、蓮子れんしの勘が告げていた。



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