第50話幼き姫宮 壱
藤の花が咲き誇る庭は、春らしく色鮮やかだ。
一歳の皇子は乳母に任せている。
ぁ~~……ぅ~~~……。
どこからか、鳴き声が聞こえてきた。不思議に思い、声の方へと向かっていくと、子供がいた。
木の陰に隠れるようにして、蹲っている子供だ。
鳴き声の正体は、この子のようだ。
「どうしたの?」
年の頃は四歳前後だろうか。育ちの良さそうな子供だ。
(どこかで見たような……?)
(ずいぶん綺麗な子……)
艶のある黒髪は手入れをされているようで、肌は白く滑らかだ。
着ている衣も上等なもの。
「ぁ……」
「?」
「あ……の……」
もじもじとする子供に
「どうしたの?もしかして迷子?」
「……」
沈黙する子供。
訳アリだろうか。
それとも人見知りなだけなのか。
視線を合わすように、
「こんにちは、お嬢さん。どうして泣いていたのかしら?」
「……」
子供は答えない。
「どこから来たの?ここは飛香舎。別名“藤壺”。お姉さんが住んでいる殿舎よ」
子供の目が見開かれた。
「藤壺……」
「そう、藤壺。お嬢さんはどうしてここにいるの?」
子供は、意を決したように口を開いた。
「私……私は、“五条”の娘です」
「“五条”の?」
どこかの女房の子供だろうか。でも、どこの?
少なくとも藤壺の女房の中に“五条”という女房はいない。なら他の殿舎ということになる。自分だけでは解決できない問題だと感じ、
「ちょっといいかしら?」
「はい、なんでしょう」
その数に驚いたのか、子供が後ろに下がった。
「この子に見覚えはあって?“五条さんの娘”らしいのだけど」
「“五条”……ですか?」
「聞いたことがありませんね」
「こちらの局にはいませんし……。
「私もお心当たりがございません」
「そう……」
彼女たちの反応は子供が想像していたものと違っていたのだ。顔を突き合わせて「誰の子だろう?」と悩む姿に、子供も困り果てていた。どう説明しようかと言葉を選んでいる様子は、子供とは思えない聡明さが伺えた。
「“五条”とは、桐壺御息所の蔑称だ」
後ろから時次の声がした。
「
時次の説明に、
「知らなかったのか?」
「まったく」
本当に知らなそうな
最近、平和ボケの傾向のある
御息所に対する蔑称も宣耀殿でしか通用しないのも拍車をかけているに違いない。
「で、では……この子共は……いえ……その……」
女房たちは困惑しながら恐る恐るといった様子で、子供を見る。
「“五条の娘”というのは、“桐壺御息所の娘”という意味だろう」
時次の言葉に、女房たちは顔を見合わせた。
「では、この方は……桐壺御御息所さまの御子?」
「……女三の宮さま……ということですか?」
時次がそうだと頷くと、女房たちがざわめきだす。
そんな女房たちを
「静かに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます