第49話春の日

  翌年の春。


 蓮子れんしが内裏に出仕して三年目。

 後宮は平穏な日々が過ぎていた。


「ひま……ねぇ」


 後宮の西に位置する飛香舎の一室で、局の主人である尚侍・蓮子れんしは呟いた。

 庭に咲いている藤の花を眺めながら、ごろりと寝そべる。


 “もう三年”と評するべきか、それとも“まだ三年”と評するべきか。


「早いわねぇ」


 蓮子れんしが後宮に上がったのが十八の時。

 世間では五節舞で帝に見初められ、「女御として入内するには時間がかかる」の一言で尚侍として入内した寵妃として、蓮子れんしの名は知られている。

 今では妃として遇されている蓮子れんしであるが、彼女は未だ正式な妃でない。筆頭女官の尚侍だ。しかし、そんなことは世間は知ったこっちゃない。ついでに後宮の女たちも、そんなのは知ったこっちゃない。「主上おかみの寵愛され、皇子を産んだ」という点で、蓮子れんしは他の妃より頭ひとつ、いやふたつは抜けていた。


「最近、嫌がらせもないし……」


 二の宮を産んで早々に、蓮子れんしへの嫌がらせは本格的に始まった。正確には懐妊中から始まっていたのだが、それはそれ。世間では知られていないこと。

 やられっぱなしは性に合わない。

 ヤられる前にヤれ、を信条とする右大臣家。

 当然、右大臣家の血を引いている蓮子れんしはヤる側だ。

 ヤるならヤり返す。

 十倍返しだ。

 そんな精神で、嫌がらせをしてきた女たちにお礼報復をした蓮子れんし

 苛烈極まる報復は、女たちの精神を疲弊させ、恐怖させた。

 心を病んで実家に帰った妃は多い。そして二度と戻ってこない。


(内裏の掃除ができて風通しも良くなったから。平和だわ……)


 それを狙っての行動である。

 蓮子れんしからしたら煩いハエを追っ払ったに過ぎない。殺さなかっただけ優しいとすら思っていた。

 相手は大貴族の姫なので本当に殺すと後が面倒なのでヤらなかっただけの話し。

 代わりに妃経由で各家の弱みをしっかりと握っている。次の世代、更にその次の世代までは逆らわないだろう。


「でも、暇だわ」


 一年目は、初めての仕事に慣れるのに必死だった。計画通りに帝の御子を懐妊して、時次に恩赦を出してもらった。

 二年目は、皇子を産んで、後宮に大掃除に邁進した。おかげで愚かな妃は減った。

 三年目の今、蓮子れんしは暇を持て余していた。



 平和、大いに結構。しかし、暇だ。

 もっとも、この平和を壊す輩は一定数いそうだが。


 その筆頭は山吹大納言やまぶきのだいなごんだろう。

 蓮子れんしに、そして右大臣家に対抗する手段を刻一刻と探っていた。



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