第48話唐渡りの薬

「――――という話しがあったの」


 蓮子れんしは、麗景殿女御れいけいでんのにょうごとの話しを時次に語った。


「なるほど。唐渡りの珍しい薬か」


 時次は眉間にしわを寄せた。


「左大臣家の兄妹が仲が良いなんて、知らなかったわ」


 蓮子れんしは、時次の眉間にできたしわを親指でぐりぐり押しながら言う。


「こら、やめろ。痛いだろう」

「だって、難しい顔してるんだもの」


 時次は蓮子れんしの手を払いのけ、深い溜息をついた。


「きょうだい全員が仲が悪い、というわけではないぞ」

「そうなの?」

「ああ」

「じゃあ、薬も?」

「大納言が用意した物だろう。胃の腑の調子が悪くなった原因の物も含めてな」

「典薬寮の薬は飲まなかったのかしら?それとも飲めなかったのかしら?」

「飲めなかったのだろうな。典薬寮が処方した薬を飲んで、どうなるのか分からなかっだんだろうさ」

「賢明ね」

「ああ、賢い選択だ。兄の大納言に助言か、指示を貰ったのだろうな」


 時次は茶器に手を伸ばし、すっかり冷めた茶を飲んだ。


「それに……その薬は恐らく受胎薬だ」

「受胎薬?」

「そうだ。正しくは妊娠を促進させる物だがな」

「そんな物が、あるの?」


 蓮子れんしは驚いた。


「ああ。唐渡りの品だ。……女御がそれを知っているかどうか分からないけどな」


 時次は、茶器を静かに置いた。


「それに受胎薬は我が国にもある」

「あるの!?」

「ああ。典薬寮にもあるはずだ」

「典薬寮に?」

「ああ、それに民間でも売られている。もっとも、闇市で売られているがな、そちらの方は粗悪品だ」

「だったら、典薬寮に頼めば良かったのに……」

「典薬寮は主上おかみの許可がいる」

「頼めばいいのでは?」


 心底不思議そうな顔をする蓮子れんしを見て、時次は思わず苦笑した。

 蓮子れんしのことだ、そんな薬があるなら妃たちに飲ませて、子を生ませればいいなどと思っているに違いない。

 なんなら、民間にも普及させれば子供の恵まれない夫婦も幸せになれるし、こちらは納税者が増えて万々歳だ、などと言い出すかもしれない。

 蓮子れんしらしい考えだ。

 変なところで合理的。だから、怖い。右大臣家の血だろうか?


「それは、無理だ」


 時次は蓮子れんしの考えを否定した。


「どうして?」

「そう簡単に許可はおりない。それに、受胎薬は扱いが難しい。人によっては、二度と子を産めなくなる」

「毒かしら?」

「薬と毒は紙一重だ。素晴らしい薬も、間違った使い方をすれば毒となる。……だがな、子が欲しいからって安易に受胎薬を使おうとする妃たちを想像すると恐ろしい」

「確かに……」


 後宮の妃たちなら喜んで飲むだろう。

 説明されたところで、欲に目がくらんだ妃たちは受胎薬を飲もうとするに決まっている。


山吹大納言やまぶきのだいなごんも必死なんだろう。今度こそ、妹に皇子を産ませたいのさ」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは二度懐妊している。

 御子は生まれてこなかったけれど。



 宣耀殿女御せんようでんのにょうごが全快したのはそれから間もなくのことだった。




 




宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまがお元気になられて良かったですね」

「ええ、本当に。一時はどうなる事かと思いましたわ」


 蓮子れんし麗景殿女御れいけいでんのにょうごは、お茶を飲みながら話しに花を咲かせた。


「でも……山吹大納言やまぶきのだいなごんさまはお気の毒でしたわね」

「……そうですわね」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの病が治ったのと引き換えに、山吹大納言やまぶきのだいなごんは寝込んでしまったという。


「ご病気なのかしら?」

「さあ?詳しいことは存じませんわ。ただ、心労が重なったと聞いています」

「心労?」

宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまがご病気になられたので、大納言さまはお心を痛まれたのでしょう。大切な妹君の病を治そうと必死だったようですから。父君の左大臣さまも、大納言さまを気遣っておいででした」

「左大臣さまが?」


 蓮子れんしは首を傾げた。


「ええ。宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまを見舞われては、ご体調を案じておいででした」


 麗景殿女御れいけいでんのにょうごの話しを聞いていて、蓮子れんしは思った。


(受胎薬の件が左大臣さまにバレたのかしら?お義兄さまの話しでは山吹大納言やまぶきのだいなごんの独断か、もしくは宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまも承知の上でのことか……ということだったけれど)


 父親に叱責されて、山吹大納言やまぶきのだいなごんは参っているのかもしれない。

 これに懲りて暫くは大人しくしていてほしいものだ。無理かもしれないが。

 妹の宣耀殿女御せんようでんのにょうごと同様に、ある意味で不屈の精神を持つ男は、次の一手を考えていた。



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