第44話異例の昇進

 藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみ所生の第二皇子は「親王宣下」を受けた後に、生母である藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみは「従五位から従三位」に叙せられ、女御と同格の身分となった。

 時次の左近衛中将は「正四位上・参議」に昇進する。


 右大臣には長男がいる。嫡出で正四位上・参議の長男が。

 右大臣派は、次男・時次の異例の昇進を喜んだと同時に揺れた。

 

 どちらが右大臣の継ぐのかと――

 

 今までは長男を優遇していた右大臣ではあるものの、今後、どう転ぶかは誰にも分からなかった。




 


 渦中の人である時次は、飛香舎藤壺に来ていた。


「昇進、おめでとう。お義兄様」

「ありがとう、と言うべきなんだろうな」

「浮かない顔ね。嬉しくないの?」

「嬉しいというよりは、厄介なことになりそうだと思っている」

「それは派閥内で、ということ?」

「ああ。今までは兄上が父上の後継者として、ほぼ確定していた。だが、私が昇進したことでそれが揺らいでるんだ。兄上側は私を警戒している。主上おかみも何を考えているのか……」


 時次としては、二年くらい官位は据え置きにしてほしかった。そうすれば、派閥内もまだ落ち着いていただろうに。


「お義兄様は、主上おかみがわざと昇進させたと考えてるの?」

「分からない。だが、可能性はある。私を兄上と同列にさせたのには理由があるはずだ」

「二の宮の親王宣下と関係があるのではないの?お義兄様が二の宮の後見人になるのでは?」

「父上を差し置いてか?」

「ありえると思うわ。お義父さまは弘徽殿女御こきでんのにょうごさまの後ろ盾だもの。あちらには一の宮さまもいるし……」


 そこだ。

 父・右大臣は、弘徽殿女御こきでんのにょうご藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみの両方の後ろ盾。

 だが、先に入内し、正式な妃である弘徽殿女御こきでんのにょうごが優先される。

 どうしても尚侍蓮子は二番手になる。

 二の宮が親王宣下されても、蓮子れんしの言う通り、弘徽殿女御こきでんのにょうごの猶子・一の宮が優先されるだろう。一の宮も親王宣下をされている。


 一の宮を弘徽殿女御こきでんのにょうごの猶子にすることで後宮内で一歩リードしていた右大臣。

 尚侍と二の宮の存在で一歩どころか数段リードしている。同時に派閥内の混乱を招いているが。


 親王の後見人にはそれ相応の官位が必要だ。

 帰還してからの時次の活躍は以前よりもずっと目覚ましい。

 帝はそれを見越して、時次に官位を与えた。多少、右大臣派を牽制する狙いもあるが。

 まさか時次の昇進によって、右大臣派閥が二分するなど、帝も予想だにしなかった。



蓮子れんしは大丈夫か?」

「私?」

「ああ、従三位になったんだ。なにかと言われているんじゃないのか?」

「まぁ、それなりに、ね。主上おかみの匙加減のおかげかしら?思っていたほど、風あたりは強くないの」

「ならいいが……」

「なにかしてきたら、その都度きちんとお礼を返しているから大丈夫よ」

「……それが一番心配だ」

「あら、こういうのは最初が肝心なのよ。舐められたら終わりなんだから」


 時次の不安は尽きない。

 蓮子れんしに「女の戦場」での戦い方ができるわけがない。

 一応、息の根を止めないように、とは注意を促しているが。後、暴力沙汰はダメだと。

 それでも苛烈な報復を行っていそうな蓮子れんしだった。


 最近、気鬱の病を理由に里下がりをする妃が増えている。

 再び内裏に戻ってくる妃は一人もいなかった。


「やり過ぎるなよ」

「前例が沢山あるから、大丈夫よ」


 前例とは、宣耀殿女御せんようでんのにょうごのことである。

 彼女が過去に暴れ回ってくれたおかげで、蓮子れんしの行動が目立つことはなかった。


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