第43話共犯関係
清涼殿。
今宵の伽は当然というべきか尚侍である。
「今宵の演奏は素晴らしかった」
「お褒めいただきありがとうございます」
「まさかあれほどの腕前とは」
「昔から琵琶は得意としておりますので」
「特技は琵琶だけではなかろう?」
「ええ。舞もそれなりに」
「……なるほど。また、近いうちに宴を開こう。そなたの琵琶と舞いを披露してほしい」
「かしこまりました」
尚侍は恭しく、帝に頭を下げた。
頭の良い女である。
後宮において、美しい女も聡明な女も珍しくない。
己の栄華を求めて実家の繁栄を求め、媚びへつらい、美貌を磨き、貪欲なまでに権力を求め欲する。
けれど尚侍はそうではない。
帝の寵愛を求めている、とも違う。
彼女は義兄の冤罪を晴らすために、ここに来た。下手をすると、不敬罪に問われるような危険を冒してまで。
妃たちからの妬みや嫉妬を買っているのは知っている。
嫌がらせも陰口も受けているだろう。
その都度やり返しているようだが。
愛らしい姿に似合わず苛烈だ。
「そなたは変わっている」
「恐れ入ります」
「否定はせぬのか」
「よく言われますので」
帝はくっと喉を鳴らした。
確かに。
帝と取引をするなど前代未聞。
それを彼女は平然と行った。実に大胆不敵な方法で。
五節の舞。
あの日、あの場所で。
舞台で踊っていた舞姫からの文。
帝は舞姫を見初めたのではない。
ただただ脅迫まがいの文の真相を問いただすために、彼女を尚侍にした。
清涼殿に召そうと、それは寵愛からではない。寧ろ、尚侍と肌を合わせたのは一度だけ。そのたった一度で見事に懐妊した事実を知って驚いたのは何を隠そう帝である。
帝は約束通り、時次を都に帰還させた。
これは契約である。
ただし、この契約に期限はない。
この世で最も信用ならない女。
同時に最も信頼できる女。帝は尚侍をそう評した。
「本当に面白い女だ」
共犯関係の二人は、意外や意外。案外上手にやっていた。
少なくとも他の妃よりかは、よほど良い関係性を築いていた。
そこに恋愛感情は一切ないことは皮肉な話だ。
後宮の妃が聞けば卒倒するに違いない。
もしくは、怒りで我を忘れるに違いない。
この年、皇子を産んだ尚侍は従三位を授かり、時次は参議に昇進する。
右大臣には年子の長男と次男がいる。
長男は数年前に参議の官職に就いていたが、この度、次男の時次もまた参議になった。
兄と弟が並び立った瞬間である。
右大臣の後継者は兄かそれとも弟か、と貴族たちはこれ見よがしに噂話に花を咲かせた。
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