第45話山吹大納言の憂鬱

 山吹邸。

 左大臣派閥の数人と酒宴を催していた。

 主人の山吹大納言やまぶきのだいなごんは左大臣の長男であり跡取り息子だ。

 いずれは父の跡を継いで左大臣になると自負してやまない。


「右大臣の次男が参議とはな」

「左大臣は、どうお考えなのでしょうね?」

「さあな。父上は何も言わない。主上おかみは何を考えているのか」

「やはり藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみが関係しているのでしょうか」

「だろうな。尚侍も従三位に叙された」

主上おかみを誑し込んだのでしょうな」

「そうとしか思えん」

「ならばやはり時次殿の昇進は尚侍が強請ったのでは?」

「かもしれんな」


 右大臣派の勢いは止まらない。

 それを左大臣派は危惧していた。

 こうして山吹大納言やまぶきのだいなごんの屋敷に集まるのも派閥の結束を固めるため。

 山吹大納言やまぶきのだいなごんもそれを理解しているからこそ酒宴に派閥の人間を招待するのだ。

 父・左大臣はそういうことを嫌っているため、山吹大納言やまぶきのだいなごんが代わりに行なっている。


藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみは危険ですぞ」

「分かっている。だが、今の時点では何も言えぬ」

「下手に刺激してはそれこそ主上おかみの怒りを買うのでは?今や尚侍は一番のお気に入り」

「運の良い女だ。出仕して直ぐに身籠ったのだからな。主上おかみは我が子見たさに藤壺に通っている始末だ」

「赤子をダシにするとは。とんでもない女ですな」

「ああ。主上おかみが藤壺にばかり通われるのも、尚侍がそれを煽っているからだろう」


 苦々し気に言う山吹大納言やまぶきのだいなごんに、左大臣派の面々は同調する。


「藤壺に通ってばかりではなく、他の妃にも通われれば良いものを」

主上おかみがお渡りになるのは、藤壺のところばかり。他の妃のところには滅多に足を運ばれぬ」

主上おかみは、尚侍を寵愛して他の妃は見向きもされぬ」

「嘆かわしいことだ。あぁぁ……宣耀殿女御せんようでんのにょうごさまの御子が生まれてさえいれば……」

「おい!」

「あ!も、申し訳ございません、大納言さま!口が滑りまして……」

「よい。私も同じことを思っている」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうご山吹大納言やまぶきのだいなごんの妹。

 彼女は二度流産していた。


 もしも女御に御子が生まれていたら。

 その子が皇子だったのならば。

 左大臣派はもっと勢力を増していただろう。

 それを思うと大納言は悔しくてならない。


(こんなことなら梨本院御息所の忘れ形見を宣耀殿女御せんようでんのにょうごの猶子にするべきだった)


 今更悔いても詮無いことだが、大納言にはそれが悔やまれてならなかった。


(とはいえ、それも今となっては手遅れか……)


 仮に梨本院御息所の忘れ形見が宣耀殿女御せんようでんのにょうごの猶子になっていたとしても、結果は同じだ。


(気性の激しい宣耀殿女御せんようでんのにょうごが梨本院御息所の忘れ形見を可愛がれるはずもないか……)


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは、梨本院御息所を嫌っていた。憎んでいた。

 その憎しみは御息所が死んだ今もなお続いている。

 梨本院御息所の忘れ形見を猶子に迎えることは本人が拒否するだろう。絶対にあり得ない、と。

 実妹だけに簡単に想像がついてしまう。


「御子か……」


 結局はそこに行きつく。

 帝の寵愛である程度立場が決まってしまう後宮と違い、表の政の世界では、「帝の皇子を産んだ娘(姉妹)がより重要」とされる。


 贅沢は言わない。

 この際、皇女でも構わない。

 どうか、どうか宣耀殿女御せんようでんのにょうごに御子が授かりますように――

 そう切実に願わずにはいられない山吹大納言やまぶきのだいなごんだった。



 彼の大納言が帝のもう一人の姫宮を思い出すのはもう少し先のこと。

 左大臣派の皇女の存在を。


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