第41話管弦の宴~当日~ 壱

 管弦の宴が開催される。


 常になく多くの貴族たちが集まるのも、この宴が特別なものだから。

 弘徽殿女御こきでんのにょうごがいる席は物々しい。

 女御だけでなく、その側に控える女房までもが深窓の姫君の如き扱いをされている。弘徽殿女御こきでんのにょうご付きの女房らの出自が高すぎるせいだろう。

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの席は弘徽殿とは逆に喧しい。

 美しく着飾った女房たちが、己が仕える女御のためにと張り切っていた。


 弘徽殿側と宣耀殿側は、表面上はにこやかに挨拶し合っているが、扇越しに互いの顔を注意深く観察している。

 ライバル関係だ。当然、女房同士も仲が悪い。


「まあ、流石、弘徽殿の女房さま方ですわ。まるで権門の姫君が揃っているような出で立ちですこと」

「あら~、それを仰るなら、元姫君たちってだけですわよ。とっくに落ちぶれているんですもの」

「ふふ、弘徽殿女御こきでんのにょうごさまに拾われなければ、元姫君たちは今頃どうなっていたかしら?」

「野垂れ死にか、良くても下働きじゃないかしら? だって、ねぇ」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうご付きの女房たちは、聞えよがしに弘徽殿側を皮肉っている。

 それほど高い声量で話しているわけではないが、女房の声はよく通る。


「なんて下品な」

「品性の欠片もないわ」

「お育ちが知れるわね」

「まあ、おほほほほほ」

「ほほほ」


 弘徽殿女御こきでんのにょうご付きの女房たちは扇を口元に当てて、優雅に笑いあう。

 だが、目は笑っていない。

 女房の自覚が今ひとつない弘徽殿側の女御も、流石にこれには気付いたらしい。扇で顔の半分を隠し、目だけで相手を威嚇している。

 お上品な生まれと育ち。

 宣耀殿の女房たちの嫌味を聞き流しながら、宴の開始を待っていた。



 演奏は、麗景殿女御れいけいでんのにょうご宣耀殿女御せんようでんのにょうご、そして他の妃たちの順に行う。

 メインの藤壺尚侍ふじつぼのないしのかみは中盤と最後。


(妥当な順番でしょう)


 麗景殿女御れいけいでんのにょうごは演奏の順番を気にしたことはない。

 ただ、他の姫たちが麗景殿女御れいけいでんのにょうごと同じように「気にしない」と断言できるかは別問題。


 演奏順位如きで大袈裟な、と人は言うだろう。

 たかが順位。

 されど順位。

 後宮の妃にとっては大変重要ことだった。



麗景殿女御れいけいでんのにょうごさま、そろそろお支度を」

「ええ」


 女房に言われ、麗景殿女御れいけいでんのにょうごは立ち上がる。


「では、皆さま。お先に」

「はい」

「いってらっしゃいませ」


 他の妃たちも麗景殿女御れいけいでんのにょうごに挨拶をする。

 ただし、そこに親愛の情はない。

 表面上は愛想良くしているが、言葉の端々に棘が見え隠れしていた。

 宴の席での演奏は競い合いだ。


 麗景殿女御れいけいでんのにょうごはそんな競争心とは無縁であるが、他の妃たちは違う。

 少しでも己を高く見せようと必死である。



 

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