第33話皇子誕生~二条邸の宴~

 二条邸は、皇子誕生の宴で賑わっていた。


 多くの人が祝賀の文と貢物を持参した。

 口々に祝いの言葉を述べていく。


(現金な者達だ。三年前なら決してこの屋敷に近づこうとはしなかったものを……)


 殿上人たちの変わり身の早さに時次は些か苦笑を漏らす。だが、それほどに皇子の誕生は、政に影響する大事なことだった。


蓮子れんしは尚侍とはいえ、宣旨せんじさえあれば女御にもなれる身分だ。祝いに来ている連中はそうなると踏んでいるに違いない。それに……)


 時次は、チラリと客の相手をしている父を横目で見る。


「この度の慶事、誠に目出度く存じます」

「これはこれは。有り難く存ずる」


 父・右大臣は、客人の挨拶に鷹揚に応えている。

 客が祝いの言葉を口にするたび、笑みを深めていた。


(上機嫌だ)


 これほど機嫌のいい父親を見たのは何年振りか、と時次は思う。

 いや、二条邸に居る時はだけは別だ。

 笑みにも種類があると知ったのはいつのことだったか。

 器用な使い分けをする父に感心してしまう。

 いや、使い分けではないか。無意識なのかもしれない。


 時次は蓮子れんしの傍に付いている養母――茶仙局ちゃせんのつぼね――を思い浮かべた。


(父上は養母上に弱いからな)


 時次は、父が養母には頭が上がらないことを知っている。

 惚れた弱み、というやつだ。


「右大臣さま、この度は誠におめでとうございます」

「この度の皇子ご誕生、誠におめでたく……」

「いや、めでたい。実にめでたい。お目出度い」

「まこと、おめでたいことで。男御子おとこみこであられるとか」

「これ以上の慶事はありますまい。いや、まことに目出度いことで」


 次々と祝いの言葉が掛けられ、右大臣は上機嫌に頷く。

 その笑顔に時次は嫌な予感を覚えた。

 父のこの笑顔を見たのはいつ以来か。

 優し気な……。

 養母に見せる笑みとは違ったタイプに笑み。

 今までにない不気味な笑みだ。


(何を企んでいるんだ、父上……)


 時次は父を訝しげに見詰める。

 右大臣が何を考えているのか、時次にも分からない。

 ただ、父が何かを企んでいることは分かる。

 それが何かも分からないのが不安だった。


蓮子れんしの不利になることはしないと思うが……)


 時次が憂慮する中、祝いの客は絶えることがなかった。


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