第25話胎の子は姫宮 弐

蓮子れんしさま……」

「そんな顔しないでちょうだい。私は大丈夫よ。小宰相こさいしょうたちもいるし、時次お義兄さまこうやって機転を機かしてくれるもの」


 暗い顔する小宰相こさいしょうを励ます。

 これでは逆である。本来なら悲しむ主人を励ますのは女房の役目。

 なのに、逆に励まされてしまっては小宰相こさいしょうの立場がない。

 短い期間ではあるが、彼女は内裏に出仕していた身だ。

 そこにある妃たちの争いは知っている。

 けれど、最も酷かった頃のことは知らない。

 出仕していなかった、というのも勿論あるが、それ以上に母が娘の宮仕えを大反対しているのだ。

 女房といえども女御や更衣の嫉妬を買う恐れがある場所。


 小宰相こさいしょうは母が強固に反対していた理由の一旦を垣間見た気がした。




 その頃、内裏はどうなっていたかと言うと。



「尚侍の御子みこが姫宮だというのは、本当なの?」

「そのように伺っております」

「本当に?」

「二条邸で働く従姉の話しでは『尚侍さまの周りには甘い菓子で溢れている』とか。傍付きの女房らが諫めているようですが、効果はないとか」

「あらあら、まあまあ。ならば、姫宮で間違いはなさそうね」


 とある女御と女房が、尚侍について話していた。

「姫宮」とはもちろん、蓮子れんしの子のことである。

 古来より、妊婦が甘い物を欲するのは胎の子が女児だから、と言われている。

 従って男児を身籠っている場合は甘い物を欲することはない、とされていた。


 この話しはたちまち宮中に広まった。



「尚侍さまの噂、本当らしいな」

「ずっと甘い物ばかり食しているとか」

「出仕している女房からの話しでも、確かに甘い物ばかりだと聞いているな」

「それならば間違いないだろう。生まれてくるのは姫宮だ」

「言い伝えではそうだが、あまり当てにしない方がいいぞ」

「いや、間違いなく姫宮だろう。私の妻が娘を産んだ時は甘い物を欲した。だから、間違いない」

「お前の妻の話しだろう……」

「それだけじゃない。息子を身籠った時は辛い物ばかり食していた」

「だから、お前の妻の……」

「いや、私の実体験の話しだ。間違いない」


 貴族たちは、半信半疑だった。

 だが実例があるとなると話は別である。

 子持ちの男の話しはそれだけ説得力があった。

 もっとも、彼らにも子供はいる。

 ただ、懐妊中に妻が何を好んで食べていたのかなんて知らない。聞けば答えてくれるだろうが、その場合、女房の話しも聞かないといけなくなるので面倒だった。

 間違っても興味がないわけではないが、「知らなかったの?」「あなた、私にも子供たちにも興味がないのね」と、妻が怒り出すのは目に見えている。

 妻の機嫌を損ねてまで知りたいとは誰も思わなかった。

 そんな訳で「尚侍さまの姫宮」という噂は瞬く間に広がったのである。


 この噂が広まったせいかどうかは定かではないが、蓮子れんしを狙った刺客は激減した。





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