第26話乳母の条件 壱
「不埒な輩が減ったのは、
時次は上機嫌だった。
「時次お義兄さま、ご機嫌ね」
「当然だろう。屋敷に血の雨が降らなくなったのだからな」
「酷い言いようね。でも、良い部分もあったでしょう?」
「何がだ?」
「不穏分子の排除。もしくは裏切り者の炙り出しよ」
時次も嗤った。
「確かに、な。まさか、あれほどまでに
「出世欲、物欲、肉欲。人それぞれでしょうけれど、あの手この手で釣られたわね」
「忠誠心のない連中だ。義母上にあれだけ世話になったというに」
「悪名高い右大臣家にそれを求めるのもどうかと思うわ。この家が没落したらきっと、
シビアだ。だが、事実だった。
忠義の厚い者も中にはいるだろうが、少数派だ。
主従関係を築いているとはいえ、ギブアンドテイク。
給料が高いから仕えている者。
伴侶や子供の出世に繋がるから仕えている者。
夫の派閥関係で仕えている者。
自身の出世で仕えている者。
理由は多岐に渡るが、忠誠心は薄いのが現実だ。
もっとも、これは何も右大臣家に限った話しではない。
どの家でも似たようなものだった。
「確かにな」と、時次も同意した。
「ところで、時次お義兄さま。そろそろ聞いてもいいかしら?」
ずっと知りたかったことを尋ねたかったのだ。
「なんだ?」
「何故、彼女を乳母に選んだの?私、てっきりお義兄さまの恋人かと思っていたわ」
「ああ、そのことか」
「驚いたわ。お義兄さまが彼女の家にまで赴いて交渉したとか。雇用主がわざわざ足を運ぶなんて、普通はしないでしょう」
「人聞きの悪い言い方をするな。私は、仕事の依頼をしに行っただけだ」
「本当に?」
「ああ。彼女以上に条件がぴったり合う者は他にいなかったからな」
一体どんな雇用条件だったのか、
帝の御子の乳母になるからといってそこまで厳しい条件はないはず。
むしろ、そこそこの家柄の教養ある女人であれば誰でもなれる。
なのに、時次はわざわざ足を運んでまで交渉した。
「お義兄さま、一体どんな条件を出したの?」
「なんだ?気になるのか?」
「ええ、とっても」
「では教えてやろう。乳母の条件はだな――……」
時次は条件を告げる乳母の条件とは、
一、出産経験があり、乳飲み子がいること。
二、育ちがよく教養がある者(没落貴族が望ましい。ただし公卿クラスは論外。上達部あたりが望ましい)。
三、敵対派閥(主に左大臣一派)の者でないこと。
四、右大臣家所縁の者でないこと。
五、右大臣家の派閥の者でないこと。
六、短い期間でも働きに出たことがある者(宮仕えの経験者が望ましい)。
七、片親、または両親ともに死亡し、夫君に十分な働き先がないこと(天涯孤独が望ましい)。
八、精神面が強いこと(色々な意味で)。
九、主人一家(右大臣と時次)に色目を使わないこと。
以上である。
一から三までは理解できる。
それでも微妙に条件設定は細かいが……。まぁ、いいだろう。
四から九までは一体なんなのか。
「ざっとこんなところだな」
ドヤ顔である。
「それのどこが普通の雇用条件なのかしら?」
よくもまあ、それだけ細かい条件を付けられたものだと、ある意味感心する。
またこれだけの細かすぎる条件に適合する者をよく探し出せたものだ。
呆れていいのか、感心していいのか……。
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