第24話胎の子は姫宮 壱

蓮子れんしさま、大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫よ」


 蓮子れんしは女房の小宰相こさいしょうに頷いた。

 だが、顔色は悪い。

 うぷ、と口を押さえた。


蓮子れんしさま!」


 小宰相こさいしょうが慌てて背中を摩る。


「だ、大丈夫よ……。ちょっと吐き気が……」


 蓮子れんしは口を押えたまま言った。


「お辛いなら、横になった方がよろしいのでは?」

「いいわ。横になったら、却って辛くなるもの」

「ですが……」


 小宰相こさいしょうは心配そうだ。

 この会話だけを聞けば、悪阻つわりに苦しむ女主人の心配をする女房の図だ。

 蓮子れんしが妊婦であるだけに、納得する会話だろうが。


「甘い物ばかり食べたせいで胃がムカムカするわ」


 蜂蜜をたっぷりかけた焼き菓子、砂糖菓子を主に食していた。

 甘いものの食べ過ぎである。

 悪阻つわりではないが、胃がムカムカするのも当然だった。

 へたり込んでい蓮子れんし

 相当参っている様子である。

 なら、甘未を食べるのを止めればいいのだが、実はそうもいかない事情があった。


蓮子れんしさま、これを」


 小宰相こさいしょう蓮子れんし食籠じきろうを差し出した。


「これは?」


 蓮子れんしは怪訝そうに食籠を見た。


「時次さまからの差し入れでございます」

「お義兄さまからの?」

「はい」


 時次からの差し入れ。

 食籠じきろうの蓋を開けると中には可愛らしい菓子の数々。


「また甘未ですか」


 小宰相こさいしょうしかめっ面だ。

 無理もない。

 蓮子れんしの状態を知らないとはいえ、またもや甘い物である。

 げんなりする小宰相こさいしょう蓮子れんしは笑いかけた。


「あら、これは甘未じゃないわ」


 蓮子れんしは一つ摘まんで食べた。


「っ……これ梅干しだわ」


 甘未ではなかった。


「梅干し……ですか?」

「そうよ」と、蓮子れんしは一つを小宰相こさいしょうに渡した。

「まあ、本当に!梅干しの味がします」


 小宰相こさいしょうも驚きの声を上げた。

 蓮子れんしの言う通り、これは梅干しだ。

 食籠じきろうの中に入っていたのは菓子ではなかった。

 菓子に似せて作られているだけだ。

 中身は梅干しや漬物類である。

 他にも甘辛い佃煮や酢漬け。

 蓮子れんしが食べられるように配慮してあった。


「まあまあ、時次さまは気が利かれますこと。流石ですわ」


 小宰相こさいしょうは感心した。

 さっきまでの気分の悪さが嘘のように晴れやかな表情の蓮子れんしにホッとする。

 けれど腑に落ちない。


蓮子れんしさま、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「なあに?」

「お腹の御子みこは皇子の可能性が高いと、陰陽師が申しておりました。なのに、何故、そのことを隠していらっしゃるのですか?」


 小宰相こさいしょうはそれが不思議だった。


「何故って……。小宰相こさいしょうは、皇女よりも皇子が良い派?」

「茶化さないでくださいませ。わ、私は真面目に聞いているんです」

「ごめんなさい、つい。小宰相こさいしょうは不思議に思ってるのね。私が皇子ではなく皇女を身籠った風に見せかけていることを」

「はい」


 どうしても納得ができなかった。

 それというのも、通常なら「男御子おとこみこだ」と吹聴してもおかしくない。

 これが他の女御やその親族なら間違いなく「次期東宮を身籠った」と吹聴していることだろう。また「皇子出産」のために、万全の体制を敷くはずだ。だが、蓮子れんしにはそれがない。


「私はね、この子を無事に産みたいのよ。無事に、ね。今の内裏では、懐妊しただけで妃たちの嫉妬の的だわ。恨まれるだけなら兎も角、攻撃対象にされているのが現状。せっかく身籠った子なのに、殺される可能性が高いのよ」

蓮子れんしさま……」

「最近はマシになってきているけれど油断は禁物だわ。隙をついて仕掛けてこないとは限らないもの。用心に越したことはないわ。私は内裏に入ってまだ日が浅い。味方になってくれる者なんて、貴女が思っている以上に少ないのよ。警戒しておかないとね」

主上おかみも誤解されていらっしゃいます。よろしいのですか?」

「それが狙いよ。主上おかみ御子みこが皇女だと信じれば、自ずと周囲もそれに同調するというものだわ。妃たちはそれに安堵するでしょうし、私への攻撃が少なくなるでしょう?典医てんいの薬がすり替えられる事件は起きないでしょうし、『お見舞い』と称して送られてくる茶葉に似たナニカに警戒する必要もなくなるわ」


 小宰相こさいしょうは絶句した。

 自分が思っていた以上に、蓮子れんしの置かれた立場は危険だった。


「そこまで考えていらっしゃったのですか」

「そうよ。貴女には迷惑をかけるわね」


 元々、小宰相こさいしょうは二条邸の女房ではない。

 時次が推薦してきた女房で、蓮子れんしの身近な世話を任せている。

 蓮子れんしの子。

 胎児の乳母にと、選んだ女房だ。

 彼女の母親が帝の筆頭女房・宣旨せんじだった。

 その縁で小宰相こさいしょうが乳母に抜擢されたのである。




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