第23話宣耀殿女御の怒り 弐

 腹立ちが収まらない。

 とんだ番狂わせだ。

 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは手にしていた扇を投げ捨てた。

 その時だ。

「女御さま」と声がした。

 振り向くとそこには弟の頭中将とうのちゅうじょうが立っていた。


頭中将とうのちゅうじょう……来ていたの」

「はい、女御さま。ご機嫌はいかがですか?」

「ご覧の通りよ」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは素っ気なく言った。

 機嫌など悪いに決まっている。


「それは失礼致しました。ところで女御さま、ここ最近、うちの屋敷の周りをうろうろしている者共がいるのですが、ご存知でしょうか?」

「何の話し?」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは首を傾げた。


「その者共の話しでは、女御さまからの推薦を受けた、と。女御さまの指示で右大臣家に妻や娘が働きに出たと。なのに一向に連絡がない、と。身に覚えがありますか?」

「ないわ」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは即答した。


「本当ですか?女御さまは関りがないと仰るんですね」

「勿論よ」


 頭中将とうのちゅうじょうは、じっと姉の女御を見つめた。


「……そうですか」


 頭中将とうのちゅうじょうはそれ以上、追及しなかった。

 追及しても無駄だと知っているからだ。

 なりふり構わず命じたのだろう。

 計画的なようで無計画。

 姉の性格は知り尽くしている。

 本当に知らないのだろう。

 正確には「覚えていない」と言うべきかもしれないが。

 大方、傍付きの女房に命令して後は結果待ちしているだけだ。

 誰が誰に命じたのか、なんて知っている筈もない。

 女房たちも心得たものだ。

 この姉に余計なことを言えば、どんな目に遭うか理解している。

 だから口を噤むのだ。



「ところで女御さま」

「何?」

左大臣さま父上からの言伝を預かっております。是非とも、女御さまにお伝えするようにと」

「そう。何かしら?」

「今回の尚侍の御懐妊はまことに喜ばしい。久方ぶりにめでたきこと。ついては、女御さまは心静かに御子みこの誕生を待つように、と」

「……」

「決して、以前のような暴挙は起こさぬようにと、釘を刺されました」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの顔から表情が抜け落ちた。

 父・左大臣は、自分の行動を非難している。

 間違っていると。


「左大臣さまも心配されているのですよ。御子みこを二度も流産した身とあっては、心穏やかではいられまいと」

「……」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは無言で頭中将とうのちゅうじょうを見つめた。


(白々しい。お父さまが心配?流産を信じなかったのは誰?想像妊娠だと言ったのは誰だったかしら?)


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの心の声など、誰にも聞こえない。

 頭中将とうのちゅうじょうはにこやかに続けた。


「女御さま、左大臣さまの仰る通り、今は静かに過ごされるのが一番です」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごの目に暗い光が宿った。


「そうね。その通りだわ」

「では、私はこれで」


 頭中将とうのちゅうじょうは一礼すると、その場から立ち去った。

 女御とはいえ、父親には逆らえない。

 元々、公明正大を旨とする左大臣。

 彼は女御の行いを知り、頭中将とうのちゅうじょうを遣わしたのだ。


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごも大人しく従うしかない。



 後宮の女たちが手をこまねいていた頃、一つの噂が都に広まっていた。

 

「尚侍の御子みこは姫宮」だと――――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る