第22話宣耀殿女御の怒り 壱

 またしても失敗の終わった。

 女房からの報告を聞いた宣耀殿女御せんようでんのにょうごは、怒り狂った。


「何故なの!?何故、あの女の元に辿り着けないの!?どうなっているのよ!」

「私共も分かりません。何分、使いの者は帰ってきませんので……」


 女房も戸惑っている。


「何が起きているか、分からないですって?あの女が何かをしているに決まってるわ!さっさと調べてらっしゃい!」

「は、はい!」


 地獄の鬼もかくやという形相に、女房は逃げるように退出した。

 女房が退出してからも、宣耀殿女御せんようでんのにょうごは苛立ちを抑えきれない。

 主人の怒りのとばっちりを受けないための処置なのか、女御の目に触れないように人払いされている。


(小生意気な女……。たかが女官の分際で主上の御子を孕むなんて……!)


 帝の御子を懐妊したと知った時は全身が総毛立ったものだ。

 血の気が引いた。

 この数年。後宮の妃は誰一人として懐妊した者はいなかった。

 だというのに新参者の尚侍は早々に孕んだのだ。こんな屈辱があるものか。


 懐妊の報告を受け、宣耀殿女御せんようでんのにょうごは飛香舎に駆けつけた。

 子供を堕胎する様、命じるために。

 だが、尚侍は既に里下がりしており、不在だった。


 御子を堕胎させたいのに、会うことすら叶わないなんて……!


 何人もの刺客を尚侍の元に送り込んだが、全て失敗に終わっている。

 一体どうなっているのか!

 金に糸目を付けず、腕利きの刺客を雇って送り込んでいるのに、誰一人として成功しない。


「ああ、忌々しい……!」


 宣耀殿女御せんようでんのにょうごは爪を噛んだ。

 あの女さえ居なければ!


 悉く失敗に終わり、苛立ちは募るばかりだった。


(邪魔な女がやっと死んでくれたというのに……!)



 帝の寵愛を一身に受けていた梨本院御息所なしもといんのみやすどころ

 彼女の死に最も喜んだのは宣耀殿女御せんようでんのにょうごだ。

 梨本院御息所なしもといんのみやすどころが産褥で死んだと聞いた時、宣耀殿女御せんようでんのにょうごは諸手を挙げて喜んだ。

 これで帝は自分を見て下さると。

 だが、喜んだのは束の間。

 帝はたわむれに手を付けた女房が身籠ったと知った時の衝撃たるや。

 しかもそれが自分付きの女房ときた。

 はらわたが煮えくり返る思いだった。

 主人である自分を裏切った女房。

 許しがたい裏切り行為だ。


 主人を裏切るような下賤な女。

 とるに足りない女。

 何の才もない平凡な女。


 女房風情が産む御子など。母親同様、とるに足りない存在。

 だからといって、黙って産ませてやるつもりは、宣耀殿女御せんようでんのにょうごには毛頭なかった。


 だが、結局それも失敗に終わり、裏切り者の下賤な女は御子を産んだ。女児だと聞いた。忌々しい。


 裏切者の子など、存在自体が罪だ。

 さっさと始末してしまえ。

 何度そう思ったことか。


(なのに、主上は御息所の地位と局を与えられた……!)


 下賤な女が御息所。

 あの時の衝撃は忘れられない。

 帝が御息所として、あの女を重用する。

 そのことが、宣耀殿女御せんようでんのにょうごの自尊心を酷く傷つけた。

 あの女が御息所?同じ妃の地位にいると?そんなことがあっていいはずがない!だが、どんなに悔しくても帝の意向は絶対だ。

 歯噛みし、地団駄を踏みたい気分だった。

 帝は何故こんな恥辱を与えるのか。


 下賤の女は、一応、身の程を弁えていたらしい。

 姫宮を産んで、一度も内裏に参内せずにいる。里下がりしたままだ。

 賜った局に一度も入ることなく。


 忌々しい女は消えた。

 どんな形であれ、自分と帝の前から消えてくれた。


 なのに……。


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