第19話女たちの謀 弐

 呪詛はできない。

 あまりにもリスクが高すぎる。

 万が一、呪詛に失敗したら。

 呪詛がバレたら。

 言い訳になるかもしれないが、女たちは別に尚侍を嫌っているわけではない。

 ただ男児を産んで欲しくないだけ。

 それだけなのだ。

 女児なら何の問題もない。

 寧ろ、女児を産んで欲しいのだ。

 生まれてくる御子は、“姫宮”を。


 皇女ならば、許せる。

 皇子なら……。

 決して皇子を産ませてはならない。









祈願きがん?何の祈願きがんだ?」

「知らないのか?今、内裏の女たちの間で流行ているらしい」

「流行っている?」

「帝の御子が無事に安産を迎えられると」

「……何だ、それは。尚侍と親しい間柄の女たちの間で流行っているのか」

「いや、それが、特に親しい者たちではないらしい」

「ますます分からない。何故、そんなことをするんだ?」

「さぁな……。だが他の女御や更衣たちも挙って祈願きがんを行っているようだ。主上の御子を無事にお産みになるようにと」

「他の妃が?」

「そうさ」


 敵に塩を送るような行為だ。

 公卿たちには理解し難いものだった。

 男と女では考え方が違う。

 そのせいか?

 どうも腑に落ちない。


 


 誰が言い出したのかは定かではないが、内裏の女たちの間で安産祈願あんざんきがん祈祷きとうが流行した。

 尚侍の安産祈願あんざんきがんをする。

 良い話しに聞こえるが、当然、そんな綺麗な話しではない。

 祈祷きとうは口実で、目的は尚侍に男児が産まれてこないことを願うためのもの。

 それは呪詛ではないか?と思われるが、表向き安産祈願あんざんきがんなのだ。安産もついでに祈っている。なので、表向きは問題がない。

 本格的な呪詛というわけでもないし。

 ちゃんと祈祷師きとうしがやって来て、お祓いもする。

 それっぽい祈祷きとうをしているのだから、誰も文句は言わない。言わせない。

 けれど、その裏では「無事に姫宮が産まれてきますように」と女たちが手を合わせて祈っている。

 ただ、それだけなのだ。


 まぁ、中には物理攻撃をする者もいるが。






 



 まさか。

 こんなアホがいるとは……。

 時次は驚きを隠せない。


「こうも来客刺客が多いと、罠を張るのも大変だわ」

「この屋敷はいつの間にカラクリ屋敷になったのだ?罠だらけじゃないか」

「あら。それは仕方がないわ。用心に越したことはないし。備えあれば憂いなしと言うではないの」

「まぁ、それはそうだが……。何なんだ、あの罠は?勝手に発動したぞ!?」

「試作段階の罠を、密かに仕掛けておいたのよ」

「試作段階の?」

「そう。まだ実験段階でね」

「……で、その実験は成功だったのか?失敗なのか?」

「一応、成功ではないかしら。不審者を池に落とすことができたし」


 時次は呆れて言葉が出ない。

 この屋敷は罠だらけで、侵入者を撃退する。

 いや、侵入しようとすると罠が発動するのだ。

 しかも、その罠は殺傷能力が高い。

 下手したら死ぬかもしれない。

 そもそも、この屋敷はいつから要塞になったのだ?


「アレは生きているのか?」

「まぁ!頭から池に突っ込んでいるのよ?生きているとでも?」

「……」


 生きてはいないだろう。

 逆さまになっているのだから。

 池に浮かんでいればまだしも、逆さまでは……。

 上半身は池の中。頭が池に沈んでいる。


「アレ、抜けるかしら?引き上げが大変そう」


 クスクスと笑い、時次は溜め息を吐く。

 笑っている場合だろうか。


「滑稽すぎて嗤えてくるわ」

「不謹慎だぞ」

「あら、アレを嗤わない人はいません。間抜けすぎる姿ではなにの。間抜け過ぎて嗤うしかないわ」


 池に逆さで立つ男たち。

 それだけでも相当だが、問題は悲しいかな、そこではなかった。

 大股を開いていた。

 しかも、その下半身は丸出し。


検非違使けびいしを呼んでくる」


 

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