第15話時次の帰還 伍

 帰京した時次は元の官位を取りもどした。

 公卿たちも時次が朝廷に戻って来たことを歓迎しているようだった。内心はどうあれ。


「時次殿」

「これは、山吹大納言やまぶきのだいなごんさま」


 時次は、声をかけてきた人物に恭しく頭を下げた。

 相手は、正三位の大納言。しかも、左大臣の長男だ。


「最近は随分とご活躍のようですな」

「いえ、まだまだ若輩者です。大納言さまの足元にも及びません」


 時次は当たり障りのない返答をした。

 山吹大納言やまぶきのだいなごんは、そんな時次を鼻で笑う。


「このところ主上おかみはなにかにつけて時次殿を傍に置こうとなさる。相談事が多いとは、結構なことだ」

「恐れ入ります」

「そのうえ、義妹の藤壺尚侍は主上おかみの寵愛を受け、早々に懐妊したそうだ。いやはや、羨ましい限りだ」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんの物言いは嫌みでしかない。

 それは時次にも分かっていた。

 帝の皇子は今のところ一人しかない。

 一の宮は、母である御息所みやすどころの死後、弘徽殿女御こきでんのにょうごの猶子になっていた。

 弘徽殿女御こきでんのにょうごは右大臣の娘。

 時次からしても妹だ。


主上おかみの御子は御息所みやすどころらのみ。ここで蓮子が皇子を産めば、右大臣家は二人の皇子を持つことになる。大納言としても、それは面白くないのだろう。てっきり左大臣が絡んでくると思っていたが……)


 予想に反して接触してきたのは、山吹大納言やまぶきのだいなごんだった。


「御子の誕生は喜ばしいことです」

「そうだな。しかし、花の命は短いとよく言う。主上おかみの寵愛を受けているからとて安心はできん。ましてや、花の盛りは短きもの。すぐに散ってしまう。そこのところをよく弁えておくのだな」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんは、それだけを言うと時次の前から立ち去った。


「やれやれ」


 時次は山吹大納言やまぶきのだいなごんの後ろ姿を見て溜め息を吐く。


「相変わらずだな、あの人は」


 権力志向が強い。

 上昇志向が強すぎるのだ。

 それは決して悪いことではないし、時次自身も向上心はある方だと思っている。

 だが、山吹大納言やまぶきのだいなごんの場合、あまりにも露骨過ぎるのだ。


(ま、右大臣家の者にだけは言われたくないだろうな)


 時次はそう思う。

 なりふり構わず権力を欲する代表格が右大臣なのだから。

 もっと正確に言うのなら右大臣家の血筋、だろうか。

 父だけではない。伯父も祖父も、そのまた曾祖父も権力欲が強かったと伝え聞く。

 その欲は時次にも受け継がれている。


「さて、そろそろ行くか」


 時次はそう呟くと歩き出した。

 向かう先は麗景殿けいれいでんだ。


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