第14話時次の帰還 肆

蓮子れんし

「なに?」

「帝からの覚えめでたいようだな」

「ええ、帝から宮仕えを望まれた身ですからね」


 蓮子れんしは澄まし顔でそう答えた。


「しかし、あの帝がお前を尚侍に召し上げるとはな」


 時次は探りを入れた。

 この宮仕えは裏がある。そう確信していた。


「嫌な言い方」

「本当のことだろう?」

「なにもない、とは言わないけれど」

「やはりな」

「言っておきますけど、尚侍になったのは偶然。五節の舞姫に選ばれたのは、お義兄さまやお義父さまに対する嫌がらせ。私はその嫌がらせに乗ってあげただけよ」

「嫌がらせか」


 時次はククッと笑った。

 自分に、というよりも右大臣に対する嫌がらせの一種だろう。

 もっとも、養女とはいえ右大臣家に姫に嫌がらせを仕掛ける者など限られている。よほど度胸があるのか、アホなのか……。


 きっと何も考えてないアホなのだろう。

 もしくは泣き寝入りすると思われているのかもしれない。


 だが、五節の舞姫に関しては、断ると嫌がらせした当人も思っていたはずだ。

 裳着を終えた、それも十八歳の大人の女が十代前後の童女と共に踊れる訳がない、と。

 そう踏んでいたのだろう。


(気の毒に……)


 時次は大いに憐れんだ。

 アホな嫌がらせをした奴を。

 蓮子れんしと共に踊らされた年端もいかない童女たちを。

 売られた喧嘩は十倍返し。

 倍どころではないが、売られた喧嘩は買うのが蓮子れんしの流儀だ。

 知らないとは恐ろしいものだ。

 因みに、時次は三分の二殺しで留めるタイプだったりする。

 残り三分の一は、まあ……相手次第。


「ところで、蓮子れんし

「はい?」


 時次が呼びかけると、蓮子れんしは「なあに?」と首を傾げた。

 その仕草は愛らしい娘のものだ。


(何も知らぬとは恐ろしいな)


 外見の愛らしさとは裏腹に、腹黒さでは右に出る者はいないだろうに……。

 時次は内心呆れていた。


「一体どんな取引を持ち掛けたのだ?」


 誰に、とは問わない。

 流石に言葉に出すのは不敬だ。蓮子れんしは時次の問いに、ニッコリと笑みを浮かべた。

 意味深な笑みを浮かべる蓮子れんしに、時次は「そうか」とだけ言い、それ以上は追及しなかった。

 何かあるのかは明白だった。

 一方的なものではない。

 帝も承知の取引なのだろう。

 でなければ、蓮子れんしが寵愛を受けるはずもない。

 もしかするとその寵愛すらまやかしなのかもしれないのだ。

 思った以上に殺伐とした関係なのかもしれない。

 蓮子れんしは見た目に反して逞しい。

 生粋の姫君なのに、中身は立派な後宮に咲く毒花に違いない。毒花より酷いかもしれないが、それが今は頼もしい。


 それにしても……。


「まさかこれほど早い懐妊とはな……。お前の体は一体全体どうなっているんだ?」


 時次は蓮子れんしの腹部をを見る。

 内裏に出仕して僅か数ヶ月で懐妊が発覚した。


なもので」


 しれっと答える蓮子れんしに、時次は肩を竦める。


(確かに“できやすい体質”かもしれないが……。それにしても一体どういう体をしているんだ?)


 それが時次の正直な感想だった。

 こういってはアレだが睡蓮は、幼児体形だ。元々小柄ではあるが、体の起伏は少ない。

 その蓮子れんしの腹部が僅かに膨らんでいる姿は、童女が妊娠しているようにしか見えなかった。

 時次は蓮子れんしの体をマジマジと見る。

 蓮子れんしは、「義兄さま」と時次を嗜めた。


「不躾よ」

「ああ、悪い」


 時次はすぐに視線を外す。

 初めて見た、という訳ではないが異様な光景だった。


(早々に里下がりしたらしいが、それが正解だ。主上の名誉のためにも)


 時次は、蓮子れんしを見るたびに思う。

 世間では童女を愛でる男も存在する。

 ただし、帝は幼児趣味ではない。宮中で帝の不名誉な噂が流れる前に、蓮子れんしは里下がりをしている。偶然だろうが時次はホッとした。


「まぁ……無事に出産してくれ」


 とりあえず、一番大事なことを伝えるのは忘れない。

 帝の御子。

 男児ならば、とは思うものの女児の可能性もある。

 それ故に時次は「男御子を」とは決して言わなかった。


 蓮子れんしも何も言わない。ただ、微笑んでいるだけ。

 時次の考えなどお見通しのようだった。





「時次の朝臣を左近衛中将に任命する。以後は、一刻も早い参内を望む」



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