第12話時次の帰還 弐
『何もかも奪われる前にいっそのこと官位を朝廷に返上してはどう?
『……だが、それでは』
『大丈夫。後のことは何とかするから』
『
『必ず都に戻してあげる。だから、安心して官位を返上して』
だが、罪人と見做され、都を追放されてからでは遅い。
白梅派の末路は今も記憶に新しい。
蟄居を言い渡されるのは時間の問題。呪詛などしてはいないが、それを信じる者は誰もいない。
時次は、
あの父なら息子の一人くらい簡単に切り捨てるだろうと。
恐らく帝も疑っているのだろう。
亡くなったのは帝の寵妃。
後見人を持たない弱い立場の御息所。
白梅入道の孫娘。
一度は内裏から追放された妃だった。
曰くつきの妃を帝は再度召し上げたのだ。
帝の御子を産んだのは、
しかも皇子の生母でもある。
他の妃に御子が、皇子がいれば、ここまで騒がれはしなかっただろう。
いや、帝の常軌を逸した御息所への寵愛。
最愛の妃を失った悲しみは計り知れない。
その怒りの矛先が御息所と姫宮に呪詛を行った者に向けられるのは必然だった。
御息所と姫宮を呪詛したと疑われている時次。
無実を証明することは困難だ。官位を返上し都を離れるのが最善だと考えた
『こちらから先に手を打つべきだわ。そうすれば財産を奪われる心配もないし、奥方や子供たちも離散の憂き目にあうことはないでしょうし』
確かに。
自らが謹慎退居すれば傷は浅く済む。
無位無官になったところで疑いは晴れないが、官位を剥奪されるよりはマシだ。
都を離れて三年。
時次は、再び都に戻って来た。
「殿」
「なんだ?」
「このまま二条邸に戻られますか?それとも先に右大臣邸に参られますか?」
二条邸は養母の屋敷。
つまり、
右大臣邸というのは、父の正妻の屋敷。
一応、父の本邸となっているが、実質的には養母の住まう二条邸が本邸も同然だった。
「そうだな……二条邸に戻る」
時次がそう返答すると、馬の足が屋敷の方へ向いた。
手綱を握る下男は「かしこまりました」とだけ言い、馬を走らせる。
都の大通りを進む馬。
人で溢れている道をかき分け、時次は進んでいく。
これから起きることを想像するだけで笑いがこみ上げてくる。
(生まれてくる御子が男なら)
後宮は荒れる。
他の妃たちは目の色を変えるだろう。
尚侍とはいえ、
その
一の宮に対抗できる。
唯一の皇子ではなくなるのだ。
(問題は父上だが…‥何とかなるだろう。世間では父上は自分の出世のために養母上を妻に迎えたと思われているが、それは違う。養母上は他の妻たちとは異なる存在だ。父上が唯一人愛した女人……)
時次は目を眇めた。
父は
もし皇子ならば……。
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