第11話時次の帰還 壱

 この日、都中がざわめいた。


「右大臣さまの御次男が都に戻られるらしいぞ!」

「へぇ……あの若君がねぇ」

「葵祭で見たけど、かなりの色男だったよ」

「戻るってことはアレか?恩赦がでたってことか?」

「ああ、なんでも右大臣家の姫君尚侍が今上帝の御子を懐妊したとか」

「主上が、無罪と認めたって話だぜ」

「なんにせよ、めでたいことだ」


 通り行く人々は、口々に噂話を口にする。

 その噂の渦中にいる男は、馬上から都の様子を眺めていた。


「騒がしいな」

「仕方ありません。殿のご帰還ですから都中の者達が一目見ようと騒いでいるのです」

「そうか……」


 男は口元を歪める。その笑みはどこか酷薄そうに見えた。

 男の名は、時次。

 右大臣の次男であり、将来を嘱望しょくぼうされた公達の一人だった。ある嫌疑に掛けられる前までは……。


 時次が都を離れていたのはその嫌疑から逃れる為。

 その嫌疑は、帝の妃と御子を呪詛したというものだった。

 確たる証拠はない。

 ただ、噂だけが一人歩きしていた。あたかもそれが真実であるかのように。


 時次は、己の潔白を晴らす為にあえて都を離れたのだ。だが、疑惑が完全に晴れた訳ではない。寧ろ強くなっていた。

 右大臣がとった態度は“沈黙”だった。

 それは『息子の無実を信じる』という意思表示にも見えた。だが、同時に『息子を切り捨てた』とも取れる行為でもあった。

 右大臣のこれまでの行動から『次男を切り捨て、家を守ることに舵を切った』と大半は判断していた。

 出世欲の強い野心家の右大臣ならば、我が子を切り捨ててもおかしくない、と。



 呪詛に関する噂の中には、「本当は右大臣が呪い殺したのではないのか?」「時次殿は父親の命令で実行したのではないか?」というものもあった。

 その噂は、時次の立場を更に危うくした。


蓮子れんしの言う通りにしたのは正解だったな。まぁ、蓮子れんしが尚侍として出仕するとは思わなかったが……)


 時次が思い浮かべたのは、藤壺尚侍となった義妹。

 名前は蓮子れんしという。

 幼い頃に伯父夫妻の猶子になり、同じ屋敷で兄妹のように育ってきた。

 実の兄弟姉妹よりも、兄妹らしい関係だったといえるだろう。


(生みの親には恵まれなかったが、育ての親には恵まれた。兄弟たちにしてもそうだ。無位無官むいむかんになり都落ちした者に手紙一つないのだからな。思った通りの反応で笑えた。養母上と蓮子れんしは怒っていたが、それが普通の反応だろう)


 時次はフッと笑う。

 その笑みは、酷薄こくはくそうに見えたものから一変し、どこか自嘲めいたものだった。



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