第9話波乱の朝議 壱

 その日は朝から騒がしかった。


 朝議に参加している公卿たちは、ピリピリとした空気に戦々恐々としていた。


主上おかみは何故、あのような……」

「仕方あるまい。決まったことだ」

「さよう。既に宣旨せんじが下されている。今更覆すことなどできぬ」

「しかし、何故今になって……」

主上おかみがお決めになられたことだ」


 ヒソヒソと交わされる言葉。

 左大臣と右大臣。

 どちらも、どこ吹く風だ。

 左大臣は兎も角、右大臣は自分の息子のこと。

 今回の帝の勅使に何らかの関与があるのではないかと、勘繰っていた。


 涼し気な顔で朝議を見守る右大臣からは、何の感情も読み取れない。

 生真面目な左大臣は、帝に思うところはあるだろうが、何分、相手は正式な咎人とがびとではない。

 時次の中将は自ら官位を朝廷に返上して都を出たのだ。

 世間で幾ら罪人扱いをしようとも、正式な罪人ではないのだ。

 勅命によって官位を剥奪はくだつされた訳ではない。流罪の罪を背負った訳ではない。

 勅命を下すまでもなく、時次は自ら官位を返上したのだ。その差は大きい。


 才豊かな貴公子として、時次のことは、左大臣も買っていた。

 美貌もさることながら、その才気も、将来を嘱望しょくぼうされるに値するものだった。

 父親の右大臣に似ていると、思った。

 人臣を極める器だ、と左大臣は感じたていた。

 それは今も変わっていない。

 だからこそ、その才気を惜しんだものだ。

 もっとも、政敵の息子を表立っては惜しむこともできなかったのだが。


 そんな左大臣の想いなど、公卿たちは知る由もなかった。


 何を考えているのか分からない両大臣の顔色を窺いながら、他の公卿たちも小声で言葉を交わす。


主上おかみは何を考えておるのだ」

「さて……」

主上おかみがお決めになられたこととはいえ、あまりにも性急すぎるではないか」

「確かに」

「左大臣さまは、何も仰らぬのか?」

「ああ……」

「ならば、あの噂はやはり本当のことだったという訳か」

の中将殿が無実の罪で都を追われたことだろう?」

「あの件はな……」


 内裏にいる誰もが思っていた。

 左近衛中将さこんえのちゅうじょうは、誰かに嵌められたのではないか、と。


 彼らの視線は帝へと注がれる。

 帝の御簾みす越しから見える横顔からは表情を窺うことができない。

 何をお考えなのか……。

 誰もが帝へと意識を向けていた。



 ざわつく公卿たちを尻目に、一人の大納言が帝に進言する。

 左大臣の長男である、山吹大納言やまぶきのだいなごんだ。


主上おかみ、此度の宣旨せんじ、もう一度お考えになられてはいかがでしょう。何事も理にかなった判断をなさるのがよろしいかと」

「大納言、そなたは反対なのか?時次の中将を都に呼び戻すことを」

「いえ、そうではなく……あまりにも性急に事を運ばれては、と」

「そうか?」

「はい。右大臣の次男を呼び戻すことを踏まえてましても、私共に相談をして頂きたかったと。何事も秩序が大切です」

「秩序とな?」

 

 帝が御簾みす越しに山吹大納言やまぶきのだいなごんを見る。

 

「はい。宮中の秩序が乱れれば人心にも影響があります。それはひいては政の乱れに繋がりましょう」

「ならば、なおの事、時次を都に呼び戻さねばならぬな」

主上おかみ?」


 山吹大納言やまぶきのだいなごんは困惑した。

 帝が何を考えているのか、さっぱり分からない。

 帝の考えが読めないのは、今に始まったことではないが、今日は特に分からなかった。


 

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