第2話五節の舞姫 壱

 今年の五節ごせちの舞姫は一風変わっていた。

 通常、舞姫に選ばれるのは十歳前後。ここ数年は裳着前もぎまえの十二、三歳の少女が多かった。最年長でも十四歳だ。にも拘らず、今回選ばれた中に一人だけ成人した女人が存在した。

 もっとも、その女人は小柄で、他の舞姫たちと共に並んでも全く違和感を感じさせなかったが。


 愛らしく初々しい。

 緊張した面持ちの舞姫たちの中で唯一人、笑みを絶やさず余裕の表情で舞っていた。



「あちらの舞姫はどこの姫君だ?」

「さぁ……」

「将来が楽しみな姫だな」

「まことに」


 口々に褒める人々。

 舞姫の正体に気付いていない。


 彼女を舞姫に推薦した人物も、これには驚きを隠せなかった。

 明らかな嫌がらせである。

 推薦したとしても、普通ならば断るとばかり思っていた。

 まさか、受けるとは……。

 舞姫たちの中に混じっても、決して見劣りすることのない容姿。


「まるで童女だな」


 周囲に悟られないように、ニヤリと笑う。


「兄上の画策したケチな企みなど、子供の悪戯いたずらていどに過ぎないってことか。流石というべきか。軽く足蹴あしげにしてくれるねぇ。流石は、先の内大臣の姫君だ。都落ちした時次ときつぐと未だに縁を切らないだけのことはある」


 頭中将とうのちゅうじょうは心から賞賛した。


 批判の対象だった男。

 都落ちした彼に付き従った者は極少数。

 彼と親しかった者も今では文ひとつ送らない有り様。

 男の妻子も同様だと聞く。縁を切った者ばかりだと。

 世間の批判をかわすためだろうが、薄情なものだ。

 

 周囲が波を引くように男から離れていった。


「ああ……そういえば一緒に育った義妹だったか」


 どうも忘れがちになる。

 元左近衛中将時次|が父親の右大臣に似ているからだろうか。

 彼が伯父夫婦の猶子に出されていた過去がある。


「思ったよりも仲が良かったのか?」


 だから援助を続けている。

 そう考えた方が自然だ。

 だが、所詮は憶測にすぎない。


 頭中将とうのちゅうじょうは考えるのを止め、再び舞姫に視線を向ける。


 不敵な笑う少女。

 理由を知る者からすれば、挑発と受け取れる笑み。


 愛らしい姿だというのに負けず嫌いなのだろうか。


 見かけによらず肝が据わっている。

 こみ上げてくる笑いを必死の思いで噛み殺す。

 ここで笑ってはならない。奇異な目で見られてしまう。

 それよりも、と視線を自分の兄へと向けた。


 自分の企みに絶対の自信を持っている男。

 自分の思惑通り、事が運ぶと思っている兄。


 だが……。

 結果は兄の思い通りにはならなかった。


 この事態を内心、面白く思っていないだろう。

 案の定、面白くなさそうな顔で舞姫たちを見ている。

 分かりやすい。

 表情にださないように必死になっているが、不機嫌な態度は隠しきれていなかった。隣に座っている大納言だいなごんたちも気付いているだろうに。あえて指摘するような真似はしない。たとえ、隣にいる男が苦々し気に一人の舞姫を睨みつけていたとしてもだ。


「さて、どうなることやら」


 優美に踊る舞姫。

 今日の主役は間違いなく彼女だろう。

 一際目立つくれないの衣を身に纏い、艶やかな黒髪に挿された簪もくれない

 更にはくれないの薄絹の扇で舞う姿は、まるで天女が舞っているようだ。まぁ、少々幼く見えるが。


くれないで統一か。……なるほど」


 泣き寝入りするしかない状況だ。

 なのに……。

 彼女はどうやら


「面白くなりそうだ」


 左大臣の息子である頭中将とうのちゅうじょうは、一人ほくそ笑んだ。


 兄・大納言の狙いは失敗した。

 これは頭中将とうのちゅうじょうにも予期しなかったこと。


 舞が終わる。

 盛大な拍手が響く。

 称賛の言葉と舞姫たちを労る言葉を口々に述べながら。


 

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