そして歴史になる


 ドラゴンクロウ国際学園。


 それは、かの竜燐帝国帝城跡に作られた、世界で最初の国際学園である。その広大な敷地内には、帝城を再利用する形で幼年学校から大学院までの学び舎が揃っている。最高学府としての地位は他に譲って久しいが、このドラゴンクロウ国際学園はむしろ低い学歴の者でも招き入れ、一定以上の学業を修めて卒業させる事を理念としている。


 教育こそが国力。かつての守護竜の言葉を、今も忠実に守り続けるのが、ドラゴンクロウ国際学園の誇りである。


 そんな学園の一角。


 中等部学舎ではまさに、その竜鱗帝国誕生までの経緯を、一人の教諭が掻い摘んで説明している所だった。


「えー。そういう訳で、ここに第一次禁則地事変は収束を迎えたわけです。竜燐歴制定前の事ですから、紀元前5年、という事になりますね。まあ、このあたりのエピソードはそれこそ皆さん、子供のころから諳んじられるぐらい聞かされてきたでしょうから、今更面白い話じゃないかもですけどね。雑学ではなく学問として修めるにあたっては、キチンと年代と合わせて覚えておかないと駄目ですよ」


 年経た三毛猫の教諭は、卓上から話に聞き入っている生徒たちを見下ろす。


 人種の全く統率されていない生徒たちは体格もバラバラだ。それでも皆、出自に関わらず教諭の話に聞き入っている。


 皆が全員、歴史好きという訳ではない。好きではない者もいるし、苦手な者もいる。それでも、皆一様に教諭の話に聞き入っている。


 それだけ、人気なのだ。


 初代竜燐帝国女王オルタレーネと、その主にして守護竜スピノの話は。


 歴史上の人物というより、彼らにとっては伝説の英雄のようなものである。普段は退屈な授業も、この時ばかりは英雄譚の読み聞かせだ。いつもこうならいいのになあ、と思いつつ、教諭は話をつづけた。


「この後、紀元前3年に、西方大陸……今でいうオーラジア中央大陸からの軍艦が、竜王大陸に漂着します。この時、スピノに従う諸国連合は難破船を非常に手厚く看護しました。彼らが国に帰れるよう、船の修理も行い、たくさんのお土産を持たせて送り出した訳ですね。残念ながら、彼らの厚意は手酷く裏切られる事になりましたが。翌年、オーラジア中央大陸のベルギウス覇王国が、竜王大陸に侵略の大艦隊を派遣する事になります。はい、教科書の34ページを開いてね」


 ページをめくる音が教室に響く中、教諭も投影していた映像を切り替える。


 当時の竜王大陸西部の地図が表示された。沿岸部の一部が赤く塗られている。


「この艦隊は、ヴェーリング湾に到着し、現地の港を拠点として侵攻を開始しました。が、当初予定されていた現地からの略奪による物資の補給はできず、厳しい状況を強いられたようです。原因は分かりますか? ……はい、ルエル君、どうぞ」


「スピノ様の命令で現地住民が既に撤収していたからです!」


「はい正解。当時の竜王大陸は複数の小国家が乱立する状態でしたが、第一次禁則地事変における各国の連帯状態は依然として続いており、事態を収めたスピノ様への信頼も非常に厚い状態でした。彼とオルタレーネ女王……いやまだ女王じゃなかったな、失礼。彼と巫女オルタレーネはその後も各国の調停に尽力を続けており、その事で強い発言権を維持し続けていたのがここで生きた感じですね。スピノの忠言により対面した国家は自主的に国民を避難させ、結果的に侵略軍は疑似的な焦土作戦に晒されます。またこの連帯のおかげで彼らが家屋を略奪する様はすぐに知れ渡り、近隣の国家も対応をすぐに始める事が出来ました。侵略軍の皆さんには気の毒な話でしたけどね。ここで何か質問はありますか?」


 教諭の質問に、いくつもの手が上がる。やっぱり人気のある題材は食いつきがいいなあ、と教諭は感心しながら、ちょっと歴史の点数が低い子を選んだ。


「はいどうぞ、ルキウス君」


「はい。せんせい、なんでベル……ギウス王国は、侵略戦争をしかけたんですか? スピノ様がいるのに」


「そうですねえ。当時のオーラジア中央大陸は、創造神への信仰も神獣の加護もなく、ただ物理的な繁栄こそを至上とする価値観が中心でした。神の加護などなくとも、我々はここまで来たんだぞ、とね。そんな彼らにとって、小国が乱立し、在りもしないと思っている神の加護の元に集まっている竜王大陸の人々は、非常に貧弱なコミュニティに見えたのでしょう。彼らは神獣を怒らせたらどれだけの脅威になるかも知らなかったようですからね」


 ところがどっこい、その弱小国家が乱立しているように見えた大陸の勢力図は、実際の所スピノの存在によって纏められた一大勢力でもあったのだ。


 侵略を受け共通の外敵が出現した事でその団結は一層強いものとなった。ノルヴァーレ帝国も、道理を知らぬ蛮族相手であれば肩を並べる事ができたのも幸いであり、瞬く間に国家を越えて住民達は侵略に抵抗を始めた。


 またさらに、侵略軍を脅かすものがあった。魔獣の存在だ。


 中央大陸では大した脅威ではなかった魔獣は、しかし竜王大陸においては著しい脅威であり、侵略軍にとって大きな痛手だった。中央大陸では精々狼程度の脅威でしかなかったのに、竜王大陸では時として見上げるような巨大な怪物まで出現する。この違いが何によるものなのか、今現在でもはっきりとした根拠は明らかになっていない。


 しかしそれだけの悪環境にさらされても、侵略軍は行軍をやめなかった。正しくは許されなかった。彼ら侵略軍に渡された食料などの物資は片道切符であり、原住民の支配に成功しなければ帰る事もままならず、また無理して帰った所で命令不履行で処刑される運命が待っている。彼らも必死だった。


 そして多大な消耗を強いられながらも依然として強大な戦力を誇る侵略軍と、スピノの音頭の元で編成された防衛隊は、北の大平原で激突する事となる。


 当初、侵略軍は戦いさえすれば自分達が圧勝すると信じていた。彼らは近代的な装備を持ち合わせており、大砲や小銃といった強力な武器で武装していた。が、実際の所、現地住民側も大砲や爆薬は少数ながらも備えており、その脅威はよく理解していた。さらにスピノがそういった知識に通じていたという事もあり、接敵前から既にそういった近代武装は対策が取られていたというのが実態だ。


 雨季の大平原を戦場にしたのがその極たるものである。土地勘のない侵略軍は、鉄砲水のような大雨によって武装の大半を封じられ、さらには先陣を切って突撃してきたスピノの巨体を前にまともに戦う事なく降伏した。とても気持ちは分かる。


 それにより、侵略者の脅威は一時去った。


 だが、次なる侵略の手が迫っているのは想像に難くない。ここにあって、小国で乱立していた竜王大陸の住人達は一致団結し、一つの旗の元に集う事を決意する。


 それこそが竜燐帝国であり、その代表としてスピノの巫女、オルタレーネが選ばれたのも、いうなれば必然だった。


「こうして、後の世に竜燐帝国と呼ばれる大帝国が誕生したのです。まあ、この時はまだ竜燐帝国のりの字も無くて、単に“統一国家”と呼ばれていただけのようですが。この統一国家が本格的に帝国として脈動を始めるのは、女王オルタレーネの長子、竜帝ザインが長じてからの事になります。この方も謎の多い人物なのですが……(キンコンカンコーン)……どうやら、今日はここまでのようですね。続きはまた次の授業で」







人物解説


ザイン・ヴァン・スピノス


詳細:スピノの巫女オルタレーネの長子。実子であるのは間違いないが、父親は不明。母親に似た姿をしているが、身体の各部に鱗があるなど、祝福持ちの爬虫類人に似た特徴がある。ただし尻尾は無いのでやはり違う模様。


 幼い頃から聡明な人物であり、成長して母親の跡を次ぐと瞬く間に統一国家を帝国として発展させ、西大陸からの侵略を悉く防いで見せた。絶大な支持を受けたが本人は終生謙虚に振舞い、自らが発展させた帝国の初代皇帝の座も母親とし、自分はあくまで二代目と頑なに譲らなかった。


 非常に長命だった事でも知られる。早い段階で息子に王座を譲り相談役として長年帝国を見守るも病に倒れ、返らぬ人となった。竜燐歴1324年没。帝国が役目を終え民主化した、その翌年の事であった。


 一部の歴史学者の間では、スピノとオルタレーネの間に生まれた子ではないかと言われ民間では半ば事実化しているが、生物学者や医療学会からは否定されている。その根拠は「物理的に不可能」「生物学的に無理」「母体が耐えられない」との事でありそれそのものは歴史学者も納得せざるを得ない為、今現在も真相は謎のままである。


「チチウエー」


「ムスコヨー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る