ある魚たちの信仰・2
よう、またあったな。
俺だ。グラットン・スピノだ。
そういやふと気になったんだが、スピノってどういう意味なんだろうな。神が自分から名乗ったらしいが、この世界には無い言葉だ。
らしい、っていうのは、まあ他人から聞いたって話だ。残念ながら。なので根拠に乏しいというか、本当にそういったか確かめる術は俺達にはない。
だが確証は高いと思うぜ。なんせ言った奴が言った奴だからな。
そいつは、オルタレーネとかいう女だ。なんと、神の巫女をやっているらしい。文字通りここらじゃ見ない顔をしているが、もしかして神と一緒に遠くから来たとかなのかね?
勿論顔を見た事がある。このあたりには基本的に神しか寄り付かないが、その巫女であるオルタレーネとかいう女もちょこちょこやってくる。大体神とすれ違いで残念そうな顔をして、しばらく湖を覗き込んで帰っていくのが常だ。どうにも、神と一緒に棲んでる訳ではなく、こっちは街に住んでいるらしい。まあ仕方ないとは思う、前にもいったが湖は超絶危険地帯だ。神が巫女を大事に思っているならなおさらの事、自分の所にはすまわせないだろう。
見た所、オルタレーネという女はそんなに腕っぷしが強そうには見えない。腕は翼になってるんだが叩いたら折れそうなぐらい骨は細いし、羽毛も生えていない剥き出しの皮膚だ。ほんとにとべるのか疑わしいレベルだが、それに関しては実際空を飛んでいるのを見た事があるから疑う余地はない。よくもまあ、あんなうすっぺらい翼で空を飛べるもんだ。あれで飛べるなら、俺達の背びれでも空を飛べるんじゃないか? そう思って最近試してるが、なかなか難しい。もしかして一枚じゃダメなのかね、空を飛ぶって。
と、話がそれたな。考えを纏めて話すのって難しいんだよ、俺達には。魚だからな。
で、神の名前をオルタレーネとかいう巫女から聞いた、って話だったな。
別に、やあこんにちは、どうも、ってやりとりした訳じゃない。俺達は人の言葉をまだ喋れないからな。諦めたわけじゃないぞ、いつかは喋れるようになりたいと思ってる。だが今は無理だ。
そうじゃなくてな、巫女が俺達に語り掛けたのを聞いたんだ。あっちも別に、こっちが話を理解してるだとか思ってないだろうよ。湖に映る自分の顔に話しかけるよりは、そこを泳ぐ魚に話しかける方がまだ健全、って程度の意味合いだろうな。まさか、魚が人の言葉を理解しているだなんて思いもしまい。
今日もまた、湖の畔にやってきたオルタレーネは、水を覗き込みながら語り始めた。
「聞いてくれるかしら、魚さん。最近ね、私、喫茶店で働いてるの。前に話したよね? マリサさん、っていう私の保護者。その人が経営してるお店なのよ」
へぇ。喫茶店ね。聞いたことはあるぜ、なんだか甘い汁だとか飯だとか出してくれるお店だろ? 人ってのは贅沢だねえ。三食食べるだけでは飽き足らず、その間にも何か食べるとか。いや、悪い事じゃないぜ、腹が減るのは哀しい事だもんな。食べられる時に食べておくのは大事なことだ。
それでそれで?
「それで私、給仕をする事になったの。ほら、この腕だと、ここの人達の使う調理器具は使えないから」
バサバサと翼になってる腕をアピールしてくる。まあ、自由に使えるのが親指だけじゃねえ。手足の無い俺らが言うのもなんだが、それって不便じゃないかい? コウモリ野郎どもは皆そんな感じらしいが、他人に助けてもらわないと服も着れないだろ。まあ、人ってのは集まるものだ、と考えれば、それはそれでやりようがあるのかもしれないな。
俺達ももっと数がいれば、色々やりようもあるんだけどなあ。
いや、それを考えると、オルタレーネはこのあたりでたった一人のコウモリ女だよな。もしかしてそれなりに苦労してるんじゃないのか?
言葉が通じてるとは思えない魚相手に語りに来てるのももしかしてそうゆう事なのか?
まさか虐められてるんじゃないよな? 彼女は我らが神の巫女だ、もしそうなら俺達も黙っちゃいられないぜ?
「? なあに、そんなに集まってきて……あら、そういえば君達、背びれがおっきいね。スピノ様みたい。もしかして真似してるの? ふふ、可愛い」
水面から飛び出した俺達の背ビレを、つつぅ……と撫でてくる巫女。
嫌に撫で慣れてる手つきだった。もしかして神の背びれをいつもこんな風に撫でているのか? くすぐったいのとぞくぞくするのと、妙な感覚に思わず身もだえしてしまう。この女……出来る!
「あはは、なんか顔つきがトロンとしてる。気持ちいいの? ふふ、変なの。湖の畔にいる魚は凶暴だから近づくな、って言われてたけど、君達は全然違うね? もしかしてスピノ様がここにいつくようになったから? なんてね。そんな訳ないか」
いや、実際の所当たらずとも遠からず、って感じなんだが。神のおかげで今の俺達に生まれ変わった訳だしな。うーん、伝えられないのがちょっと歯がゆい。
背びれを撫でても逃げる様子がない俺達の様子に微笑みながら、オルタレーネは話をつづけた。
「その喫茶店でのお仕事なんだけど、ちょっと困った事があってね……」
やっぱりか。神の御使いに手を出すとは、ふてえ野郎どもだ。もしそのうち湖に近づいてくる事があったら覚えていやがれ、引きずり込んで目にもの見せてやる。
「その、ね。……低いんだ」
? 低い? 何が??
「実はね……この街の人達、平均身長が私よりだいぶ……その、ね。女将さんは大きい方なんだけど、基本的に客間に出てこないでキッチンに籠ってるから……その境目が、ね。屈まないと頭を打つっていうか、今日も思い切り打ったというか……」
あ、ああー……なるほどねぇ。
俺達からすると別にオルタレーネはそんなにデカくないけど、この辺りに棲んでる奴らと比べると、確かに。なんだっけ、群れ成す人々? このあたりに棲んでる種族の連中、なんかやたらと背が低いんだよな。おかげで魔獣からすると手ごろな獲物なんで、昔から危ない目にあって来た分、団結して街を作って暮らしてるんだよな。
まあ、全員弱い訳じゃなくて、中にはちょっと頭がおかしいレベルで強いのがいるのがまた妙な話だ。レギンだったか? あの白くてちっちゃいの、見た目の割に訳わからん強さなんだよな。水中だったらそう簡単に負けるつもりはないが、対等の条件だったら到底勝てる気がしないね。なんなんだよアレ。
しかし、なるほど。そりゃあねえ。
オルタレーネだけ種族違うもんなぁ。そういう悩みもある訳か。
ああ、もしかして神が彼女の事をやたら気にかけてるの、そういう事か? 同胞のいない所で苦労してるだろうって? いやでも、彼女、神と同じ所から来たんじゃないのか?
んー?
まあいっか。
「キャッ!? ちょ、ちょっと、水をかけないで、びっくりしちゃった。もー。そっちがそのつもりなら……こうよ!(バシャバシャ)」
わっはっはっは。水のかけあいで魚である我々に敵うと思うなー?
ほれほれ、我々の発達した背びれを使ってこの通り……うぎゃあー!?
突如襲い来る大波。オルタレーネにしょっぱい水かけを行うのに夢中になっていた俺達は、その突然の流れに逆らえなかった。全員揃って激流に押し流されて水に沈む。
そして俺達と入れ替わるように浮上するのは、水に濡れて緑色に煌めく鱗の巨体。水中から一気に浮上してきた神は、俺達を巻き込んだ事にも気が付かなかったようで、「?」と首を巡らせて周囲を見渡している。
突然現れた神に、ぺたんと尻もちをついたオルタレーネが、その巨体を見上げながらぷっ、と噴き出し、しまいにはカラカラ笑い始めた。突然の少女の大笑いに、神は状況が呑み込めずにひたすら首を傾げながらひょい、と上陸する。その体表から、滝のように水が滴り落ちる。
そしてそんな一連の流れを、俺達魚どもはぐったりと水中に漂いながら見上げていた。
ふ、ふふ……。水遊びに夢中になって神が近づいているのに気が付かなかった……ぜ。道を開けるだなんて普段いってるけどさ、あの巨体が水中を高速移動するだけで俺達哀れな小魚は質量移動に伴って発生する水の動きにきりきりまいになっちまう。それに巻き込まれないように距離を置いてる、ってのが真相さ……。
ただ動くだけでこの水の勢い。さ、さすが俺達の神だ……がくり。
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