第一部 Anti-Matter(反物質) 第1話 マクスウェル・ディミトリー

「人間は自らの手で滅亡したがっているのかもしれないな」

マクスウェル・ディミトリーはNoha’s-Arkノアズアークに属する中将という立場にある男だ。中将としてはそれほど広くないその部屋は殺風景なもので、必要最低限の物しか置かれていない。その部屋と同じぐらい殺風景なディスクの上には、電話とノートパソコン、そして数枚の紙だけが置かれている。

 ディミトリーはパソコンの画面に目を落としたままだったが、ディスクの対面に立つ男は意にも介さず答えた。

「滅亡は過ぎる気がしますが・・・まぁ、それに近いコトにはなるかもしれませんね・・・増えるが早いか、減るが先かってトコですか。それはそうと、こっちへは昨日ですか?」

「いや、今朝だよ。まったく・・・敵さんは私のような立場の者を休ませる気は無いらしい」

「知りませんけど、それはヤツらも一緒なのでは?」

対面に立つ男の返答に右の眉をピクリと反応させたものの、ディスク上から3枚の紙を手に取り、片手でそれを煽るように動かした。

「企業でも軍でも、中間管理職はどこも変わらんか。ところでフロイト少佐、報告にあった新型の続報はあるか?」

 対面の男は、ヴォルフゲン・フロイト。Noha’s-Ark所属のMhwミューパイロットとして、ディミトリー直属に配されるほど有能な人物だ。彼の名はNoha’s-Ark内部を飛び出し、StareGazerスターゲイザーにまで聞こえている。

「中将って中間・・・ですか?・・・まぁいいです。新型でしたね。それほど詳しい情報じゃありませんが、どうやら5機もあるようですよ。おそらく、それで1つの部隊編成になるんじゃないですかね?」

「5機か・・・その数なら小隊編成としては妥当だな。オマエのアティス1機で対処できると思うか?」

ディミトリーは窓の外に目を向けた。その窓からは、Mhwの胸部が見える。どうやら建物のすぐ側にMhwが直立しているらしい。その胸部形状は、スケィスと呼ばれる高性能機タイプのようだが、通常の白と青のカラーリングとは異なり、その色は真紅に染まっていた。

「いやいや・・・いくらAttisアティスADaMaSアダマス製だからって、5機ですよ?それと中将・・・最も重要なトコロ、忘れてやしませんかねぇ?その5機もADaMaS製ですよ」

それまで後ろ手に組んでいた腕を解き、ディミトリーの机に両手を置いて詰め寄った様子は、とてもではないが上司に対する態度として適当とは思えない。だが、雰囲気からはそれが許される間柄であることがうかがえる。

〝ADaMaS〟とは、Akahoshiアカホシ-Developmentデベロップメント-andアンド-Manufacturingマニュファクチャリング-allオール-Serviceサービスの略称だが、その認知度は世間一般でも通用しているほどのMhw製造企業だ。世界で誰もが知っているようなIRVINEアーヴァイン-Holdingホールディング-Companyカンパニー(こちらは頭文字をそのままIHCアイエイチシーと呼ばれている)や13-Developmentデベロップメント(これもやはり13Dと略称されている)といった大企業のようなMhw量産能力こそ無いが、ワンオフで製造されるその機体は性能面において他を圧倒し、ADaMaS製Mhw1機が戦局を左右するとさえ言わしめている。Mhwパイロットであれば誰もが一度は乗ってみたいと憧れるほどのMhwメーカーである。

 「ADaMaS・・・な。アレを自軍に引き込むことさえできればと思うが・・・いやしかしアダマスか・・・確か、ダイヤモンドの語源だったな。なんとも、意志が固そうだ」

「ウマイこと言ってる場合ですか?ADaMaS製Mhw5機から成る部隊ってのは、ちょっと穏やかじゃないですよ?さっき中将が言ってましたが、ウチじゃなくて向こうに附いたなんてことは・・・」

ADaMaS製なのだから間違いなく専用機だろうと予測できる。ソレを手にするようなパイロットともなれば、パイロットとしての技術力の高い者、つまりエースパイロットだと容易に想像できる。しかもそれが一度に5機もとなれば、イヤでも「ADaMaSがStareGazerに附いた」のではないかと言いたくもなる。

「そう心配するな。あそこの局長・・・ウテナだったか。アレはどちらかの軍に肩入れするような男じゃないよ。ヤツにとってMhw製造は〝手段〟であって〝目的〟ではないからな」

「目的?・・・金・・・ですか?」

それまでディミトリーに詰め寄っていた距離感が急に開いた。その瞬間まで額に汗が浮かぶのではないかと思うほどの焦燥感だったはずが、まるで時間を早送りしているかのようにスッと引いていく。そして本人としては無意識だったのだろうが、フロイトの浮かべた嫌悪の表情がディミトリーを一瞬、詰まらせた。

「ッ・・・アッハッハ・・・ヴォルフ、オマエはヤツを知らないからな。まぁ、私とて仲良しというほどの間柄ではないが、それでもヤツの人となりは理解しているつもりだ・・・ちょうどいい。これから会いに行くところだ。オマエも一緒について来い」

 どうやら言葉に詰まったのは返答に困ったワケでも、フロイトに気圧されたワケでもなかったらしい。ディミトリーの突然の嘲笑と昔懐かしい「ヴォルフ」呼びに毒気を抜かれたヴォルフゲンは、最後の指示が理解できていないとでも言うように、直立のままその場でディミトリーを見つめることしかできずにいた。先ほどまでディスクが床にめり込むのではないかと思うほどの力強さも、腕組みし、両の二の腕を掴む力が込められたような様子もまるで見えないフロイトの両腕は、今はだらしなく両肩から垂れ下がるのみだった。

「・・・ん?なんだ・・・ああ、心配するな。車は手配してある。それとな・・・私服に着替えて来いよ?ヤツとは軍人として会うワケじゃないからな」

そう言うディミトリーの表情には、子供が悪戯を企てているかのような表情が浮かんでいる。車の件などそもそも懸念していないと分かっていると解かる。口元を微かに微笑ませたようなその顔は、それでも、不思議と冗談を言っているわけではないことが見て取れた。「どちらかに肩入れはしない」と言ったディミトリーの言葉に、一瞬Noha’s-ArkとしてもADaMaS製mhwによる部隊編成を狙っているのかと考えたが、そのあとにやはりディミトリーの口から聞こえた「軍人として会うワケじゃない」という言葉を思い出し、すぐさま頭からその考えを振り払った。

 実のところ、ディミトリーとフロイトは旧知の仲でもある。そもそもディミトリーという男が、武力に武力で対抗することを、その結果が無意味に戦禍を広げることになるような考えを抱くような男ではないことを、フロイトは充分に知っていた。

 ディミトリーは元Mhwパイロットであり、その部隊にフロイトが所属していた時期もある。よく耳にする〝現場からの叩き上げ〟で中将にまで至っている様を間近で見てきた経験もある。極一部しかし知らないことだが、その立場に至るまでに彼が隠してきた本当の信条が〝この戦争を一刻も早く終わらせる〟ことであり、それがそのまま、Noha’s-Arkの勝利とイコールではないということを知っている。その意志の前にあっては、「自身の生き死にすら霞む」と言ってのける姿は、アルコールの入ったバーカウンターの隣で静かな口調だったことを覚えている。軍服を脱いだ状態での言葉だったことが、フロイトにその言葉を信じさせ、その信頼は今も微塵も揺らいではいない。

 「いったい何企んでるんです?」

お返しとばかりにフロイトの口元にも悪戯な笑みが浮かんだ。

「オマエにはもう言ってあるだろう?この戦争を終わらせるんだよ」

その言葉はあの時と同じように、静かだが確固たる決意が音となったようだった。

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