ハイヌウェレ 金


ぱっつん娘は先程から、左手に巻き付いていた蔓──すでに真剣によって断ち斬られており、垂れ流された汁がぱっつん娘の手を赤く染めていた──を、ぐーぱーと何度も握っていた。

「この蔓、産毛がありますね……」

「産毛だと?」

「もしかしたら、この蔓は昨日食べた西瓜なのではないでしょうか?」

「馬鹿な。確かに私は昨日、西瓜を食べたし、その際に種も飲み込んでしまった。その種が私の腹の中で芽を出したとでも言うのか?」

「この西瓜はテラフォーミングに用いるために創られた新種の西瓜なのでしょう? 然らば、地球外惑星における過酷な環境でも生育するために、通常の植物とはかけ離れた繫殖力を有していても不思議ではありません」

「しかし……百歩譲ってこの蔓が西瓜だとして……何故私だけ発芽して、お前は全くの無事なのだ!? 同じ時間に同じ場所で同じ量の西瓜を食べただろう!? お前だってあの時西瓜の種を飲み込んだはずだ!!」

 ぱっつん娘は迫る蔓をまず一本縦に割き、返す刀でもう一本を斬り落とし、さらにもう一本を踏み付けにしてから滅多刺しにした。

「とするならば……その後に食べたものか、飲んだものが影響しているのでは? 私は昨日、西瓜をご馳走になった帰り路でフライドチキンとフライドポテトとコロッケとメンチカツをおやつに、揚げ出し豆腐を晩ごはんに食べました」

 揚げ出し豆腐! 私も食べたかった……! というか西瓜食べた後なのに揚げ物食べ過ぎじゃないか、このぱっつんは。西瓜と天ぷらの食べ合わせは迷信ではないというのに。まさか昨日私が揚げ油を買えなかったのは、此奴の食べ歩きが原因ではあるまいな。

「そんなに揚げ物ばかり食べていると、そのうち高血圧とかになるぞ」

「平気ですよ。揚げ物は高血圧にはさほど影響しません。主にストレスや運動不足、飲酒喫煙に塩分過多が原因とされていますから」

 つまり高血圧になるかもしれないのは、ぱっつんの方ではなく私の方らしい。少なくともストレスという面においては、常日頃から蓄えさせられている。縦横無尽に蔓を斬り、そのたびに揺れる左斜め上二十一度の前髪によって。この空腹と渇きさえ未だ癒えていないというのに、これ以上の身体の不調など、高血圧など、なって堪るものか。幸いにして私は酒も煙草も嗜まない。運動も言わずもがなだ。

「あァァッ!!!!」

「急にうるさい!」

「分かったぞ! お前が発芽しなくて、俺に発芽した理由が!」


 @


「塩だッ! お前は昨日西瓜に塩を振って食べていた! その後もフライドポテトだの何だのと、塩気の濃いものばかり食べただろう! それに対して俺は昨日、西瓜に塩を降らなかった! 夕飯も無塩のキーマカレーと、ドレッシングなしのサラダしか食べていない!」

 正確に言えば、深夜に豆腐と大根と牛乳を貪ったが、その際も味付けなどはしていない。もしも、揚げ出し豆腐を食べられていたならば、揚げ出し豆腐に掛けるおつゆの塩分で西瓜の発芽を阻止出来ただろう。

「なるほど……それは試してみる価値がありそうです!」

「冷蔵庫に醬油があったはずだ!」

 私が言うや否や、ぱっつん娘は複数の蔓を同時に斬り捨てた。蔓が即座に再生を始めたが、その再生途中の箇所を纏めて串刺しにして、真剣ごと床に縫い付けた。キッチンのフローリングに真剣の切っ先が食い込む。こうなれば蔓の再生には通常よりも長い時間が掛かる。キッチンのフローリングに刻まれた刀傷はどれだけ時間をかけても再生しない。もう一度蔓が襲って来るまでに多少の猶予が生まれた。私が毎日掃除をしてピカピカに保ってきたキッチンのフローリングはたった今死んだ。

「あった!」

 ぱっつん娘が冷蔵庫の中の醤油の瓶を掴んだ。御中元で頂いた薄口醬油だ。力づくで瓶の蓋を引き抜くと、ぱっつん娘が突然私の顔面を天井に向けさせた。

「今助けてあげます!」

「止めろッ、醤油を舐めるくらい一人でも出来るッ!」

「そのおぞましい蔓が生えた手でどうやってこの瓶が持てるのでしょうか。それに、舐めるだけでは塩が足りない恐れもありますから」

 ぱっつん娘が醬油の瓶を私の唇へ近付けていく。淡口ならではの、色が濃くならないよう塩分を多めに加えた醤油が、瓶の口元から垂れる。


 それから少しして、空の瓶が一本転がった。


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