盛夏
ゆーれい
盛夏
気づくと知らない部屋に居た。目だけで辺りを見回す。どこだろう。まったく見覚えのない部屋だ。
石材質の壁に囲まれた無機質な部屋、扉すらなく、人一人いない。まるで牢獄のようだ。
(なにしてたんだっけ…なんでこんな所に…)
ふつふつと疑問が沸き上がってくる。
記憶喪失?それとも誘拐?
なぜ。その疑問だけが頭に浮かぶ。どのくらい考えていただろう。ふと、前に視線を飛ばす。その瞬間。
ヒュッっと、声にならない悲鳴が喉の奥から出た。
(な、なんで…女の人?……)
さっきまでこの部屋には誰も居なかったはずだ。扉もない。意味不明な現象に軽くパニックを起こしているのを感じながら考える。
(どうやってこの部屋に…というかいつからそこにいた?)
ばくばくと心臓がうるさい。身体中で音が反響して脳が痺れる。身体にまとわりつくようなぬめっとした空気が気持ち悪い。
必死で目を逸らそうとするが動かない。引き付けられるように女を見ることしか出来ない。
長い黒髪に白単色の服。まるで有名な映画の怨霊のような見た目をしていることは分かる。だが、ぼやけている。姿に霞がかかったように存在を認識することが出来ない。そこにいて、そこにいないような奇妙な感覚。
そんなことを考えていると、女が一歩近づいて来た。
思わず後ずさろうとするが動かない。いや、動かないのではなく、動かせない。
意識だけがそこにあるように、身体が無くなってしまったように、ただ動かせない意識の中で女が近づいてくるのを眺めることしか出来ない。
─怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
恐怖。その感情だけが頭を支配していく。逃げたい。今すぐ目を逸らしたい。
ひたひたと石の上を裸足で歩いてくる音が聞こえる。
…もう、すぐそこまで来ている。手を伸ばせば届く距離。冷や汗が伝う感触が何も感じない身体から伝わる。今すぐ突き飛ばしたい。泣き出して耳を塞いでしまいたい。
女は目の前まで来ると静かに手を伸ばし、自分にだけ聞こえるくらいの声量で一言
「…まってるから」
女の手が顔に触れる。
その瞬間、意識がフッと消えるのを感じた。
ーーーーーーーーーーーーー
───意識が覚醒する
目を開け、周りを確認する。
良かった、いつもの部屋だ。
(なんだ、夢だったのか)
じめじめした梅雨も既に過ぎ去り、部屋は身体中の水分を奪おうと熱を出している。
服が汗でぐしょぐしょなのを感じる。
嫌に静かだ。セミの声も車の音も時間を刻む音ですら聞こえない。まるで世界が止まってしまったようだ。
時刻は…7時48分。ん?7時48分????
ハッと意識を戻し、急いでベッドから飛び起きる。
(やばい!遅刻だ!)
違う意味で冷や汗が背中を伝う。急いで汗を拭い、服を着替える。新しくしたばかりの靴を履き、カバンを持って扉を開ける。
「行ってきます!!」
扉を出ると一気に世界に時が戻ったようだ。騒がしい音が耳に入り込んでくる。
いつもは耳障りなセミの鳴き声ですら、今では自分が世界に存在していることを証明しているようで心地良い。
ふーっと深呼吸し、走り出した。
─
────
────────
「……行ってらっしゃい。まってるから」
───Fin───
盛夏 ゆーれい @unknown0325
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