※ 第12話 閉ざされた道


『こうしてお話するのは初めてですね、影さん。

いきなりお見合いという形になってしまい申し訳ありません』


『いえ、由香里お姉様との結婚式で見ただけなのに気に掛けてくださって……嬉しい限りです』


「んぉ……」



私は今、調教部屋の拘束椅子に縛り付けられている。

目隠しをされ、猿轡を咬まされ、貞操帯に付けられた玩具の微弱な振動で身体がとろ火で炙られているような快感に苛まれる。

そして、頭を挟むベッドフォンからはお見合い会場の会話がリアルタイムで流れていた。

私の声は届かない一方通行。



『32にもなって10以上も歳下の女性に一目惚れなど我ながらお恥ずかしい話ですが……』


『いいえ、おいくつになっても恋が出来るのは素敵な事だと思います』


「んおぉ……!」



違う。そいつは私じゃない。

そいつは私のフリをした麗華なんだ。



『由香里さんの結婚式場で影さんは1人穏やかで奥ゆかしくて……』


『そんな……私など暗いだけの女です。

幸成さんこそ人望厚く、会社の後継者候補の中でも一際期待されているお方。私には勿体ないお方です』


「んー、んー……っ!」



気付いて。私はここに居る!

そいつは花柳院 麗華だ。花柳院 影じゃない……!



『影さん。貴女さえ良ければ……』


『幸成さん。その申し出はとても嬉しく思います。ですが……』


『何か不安な事でも?』



やめろ。それ以上言うな。

私はここに居るのに、そいつは私じゃないのに……!



「んぉ……っ!」


『私は、その……レズビアンなのです』


『それはつまり……』


『はい。女性を性的対象として見ています。なので男性とは……』


『そうだったのですか……』



やめろ、やめろやめろやめろ!

私は幸成と結婚して麗華の支配から逃れるんだ!

この地獄のような生活から脱却するんだっ!!



『その事はご両親は?』


『言っていません。言える訳、ありません……

名家の娘が男性との結婚を忌避するなど許されない事ですから……』


『そうでしょうね。私としても影さんに辛い思いはして欲しくないです』


『幸成さん……っ』



やめろ……! 行かないで……私の道が、未来が、消えてしまう……っ



『今回は私の方からお断りした、という事にしておきましょう。

その後も影さんの人生には苦難が待ち受けているでしょうが……せめて今だけは望まぬ結婚をさせられない一助に成れれば幸いです』


『幸成さん……! ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか……』



やめろ、やめろ、やめろ! なんで……なんでだ!

私は何も悪い事はしていない。

ただ、この地獄から抜け出したいだけなのに……!



『影さん。貴女の幸せを心から願っています』


『私もです。身勝手な都合でご苦労をお掛けした身ではございますが……幸成さんの幸せを心からお祈りしています』



そんな……これじゃあ私は、もう……っ!



『それでは、これにて失礼致します』


『はい。また機会があればお会いしましょう』



終わった……



「んあぁっ!?」



その瞬間、中の玩具の振動が強くなった。

今まで弱い刺激で散々焦らされた私の身体は、その刺激に敏感に反応してしまう。



「んぁっ! んっ! んんぅ……っ!」



あぁ、そうか。この絶望に浸ったまま果てろと言うのか。


ちくしょう

ちくしょう

ちくしょう



……イく……っ



※※※※※



「んん……?」


「あら、起きた?」



どうやら気絶していた私は、目隠しや猿轡を外される過程で目覚めたらしい。

眩しさに目を細めながら前を見ると、左頬を真っ赤に腫らした麗華が狂気を湛えた瞳をこちらに向けていた。

幸成とのお見合いを破談にしたから父に殴られたんだろう。

影として行ったならそりゃ折檻は免れない。

だと言うのに、その表情は瞳とは裏腹にとても晴れやかだ。



「ふふ、これで影はずぅっと私の奴隷……私の物よ。

誰にも渡さない、渡してたまるものですか……!」


「んあぁ……っ」



麗華は私の貞操帯に手を伸ばし、それを押し込んで直接刺激してきた。



「さぁ、これで貴女は私の物……嬉しい? それとも悲しい?」


「……嬉しいです。私は麗華様の奴隷ですから」



もう何を言っても変わらない。

私にとっては最悪の結末となったこの現実は変わりようがない。

ならばせめて、これ以上責めが厳しくならないように従順な奴隷で居よう……



※※※※※



「あっあっあっ……!」


「ふふ、イく時はなんて言うのかしら?」


「ひぐっ!? ぅあ、愛していますっ、私はっ、麗華様を愛していますっ!」


「そう、良い子ね。ご褒美よ」


「んぉおおお!?」



身体の中と外、各所の玩具の振動が激しくなった。



「あ"ーっ! あ"ーっ!」



もう何も考えられない。頭が真っ白になる……!



「あぁ、あぁ! なんて可愛いの! 快楽に犯され、ドロドロに蕩けたその表情!

貴女のその姿が見たくてずっと調教して来たのよ。

もっと、もーっと愛してあげるわ……!」


「んぎぃっ!? あぁ……」



私……ここで死ぬのかな……? でも、それはそれで良いか。

もう何もかも嫌だもん……いっその事殺してくれれば良いのに……



※※※※※※※



そんな生活を続けて3ヶ月。

3ヶ月だ。私はまだ生きている。

いや、死にたくても死ねない。結局は臆病風に吹かれて踏み切れない。



「ふぅ……じゃあ私は寝るから片付けておきなさい」


「はい」



最近、麗華は緊縛なる物にハマっている。

今日も私は縛られたまま散々責められた。

麗華の質が悪いのが、道具の手入れを全て私にやらせる事だ。

自分を責める縄や蝋燭を用意させ、終わったら綺麗に片付けさせる。

それのなんと惨めな事か……



「縄、か……」



そういえば、昔あまりに辛くて首吊り自殺を調べた事があったな……

結局縄なんて用意出来なくて、その事に少しホッとして未遂だったけど。



「縄の結び方ってこれで良いんだっけ……?」



記憶を呼び起こして輪っかを作る。

案外覚えている物で、実演は初めてだけど意外と上手く出来た、と思う。

後はコレを天井から吊るせば……



「……出来た」



椅子の上に立って、吊るされた輪っかの前に佇む私。

この段階になっても自分から死ぬのは怖くて踏み出せやしないけど……側から見たら自殺志願者にしか見えないな。



「……はは、何やってんだろ」



そんな自分が馬鹿馬鹿しくなって、椅子から降りようと身体を屈める。



「……影?」



その瞬間、扉の開く音と麗華の声が聞こえた。


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