※ 第10話 逆転


「なんで……なんで私を助けた! あの時告白していれば私と麗華が入れ代わっている事が露呈したかもしれないのに……!」


「何を言っているの? せっかく花柳院家長子の責務から逃れられた上、また貴女を好きに出来る立場になったのに」


「そんな事ないっ! 私は麗華でお前が影……お前は私の奴隷なんだ!!」


「ふふ、自分でも分かっているんでしょう?

次に本家の人間に疑われたら今度こそバレてしまう。

そして、そうなれば私にした仕打ちも明るみになって貴女は破滅。ほら、私に逆らえない」


「そんな、事は……っ」


「次に実家に呼ばれるのは……お盆かしら?

その時、長子のみに伝えられる歌や作法を実践出来なかったら……そして、影である筈の私がそれを成したら……必ず調査の手が伸びる。

ふふ、拷問でもしてみる? その日までに必要な事を全部聞き出せれば良いわね?」


「ぐ、うぅ……っ!」



ガックリと膝から崩れ落ちる。

嗚咽と涙が溢れ出てくる。


ちくしょう、ちくしょう……!

やっと麗華に逆襲出来たのに! 奴隷の立場から脱せると思ったのに……っ!

結局私はまたこいつに良いように弄ばれる奴隷に逆戻りなのか……っ



「選びなさい、影。私を陵辱しながら短い生を謳歌するか。私に服従し、意地汚く生き長らえるか」



そう言いながら麗華は右足を私の前に差し出した。

その足に噛み付いて、足を掴んで引き倒して、例え短い間でもお前を支配して死んでやる! って、言おうと思った。言いたかった。

けれど……いざ“死”が迫ると、それを実行するには余りにも恐怖が大きかった。

いや、もしかしたら死んだ方がマシと思わされるような事をされるかもしれない。

そう思うと身体が震えて、反抗心なんて消し飛んだ。



「い、今までの愚行と無礼、どうかお許しください、麗華様……っ」



土下座して、そしてその体勢で顔を上げて舌を伸ばして……恐る恐る足の甲に舌を這わせた。



「ふふ、良い子ね」


「ん、ぺろ……ぷはっ、ありがとう、ございまひゅ……」



屈辱的な行為に耐えながら麗華の足に奉仕する。



「その忠誠に免じてご褒美をあげる」


「ぷぎゅ……っ!?」



突然、私の頭を足で踏みつけた。

そのままグリグリと踏み躙り始める。



「ほら、私に踏まれて嬉しいでしょう?嬉しいわよね? ん?」


「はい、麗華様に踏まれて私は幸せです……っ」


「ふふ、あはははははは!」



麗華は私の頭を踏みながら高笑いする。

あぁ、分かるよ。私も逆の立場の時は麗華を虐げて楽しかったから。

これは、妹の分際で姉の真似事をした私への罰なのだ。

人は分相応に生きなければならない。

私は麗華の奴隷で、そして奴隷は主人に逆らってはいけない。

その事を心と身体に教え込まれる。



「さて、と。お互いの立場は理解したわよね?」


「はい、私は麗華様の忠実なる奴隷です」


「そう、良い子ね。じゃあ、これ外して」



麗華が下腹部を叩くと硬質な音が響く。

麗華を支配する為に着けさせた貞操帯だ。

けれど、それも今となってはなんの意味も無い。



「こちらです」



寝室の金庫。ダイヤルを回して扉を開いて鍵を取り出す。



「どうぞ」


「はいはい。ん……っ」



麗華は貞操帯の鍵を外し、中に埋まっていた玩具を引き抜きながら取り外す。

カシャン、と音を立てて床に落ちた。



「影、それ着けなさい」


「……はい?」


「着けなさい」


「……はい、分かりました」



言われるがままに貞操帯を拾い上げる。

先程まで麗華の中に入っていたソレを、今度は自分の中に押し入れる。



「ん、く……っ」


「ほら、自分の手で鍵をかけなさい?」


「……っ」



屈辱に震えながら鍵をカチッと押し込んた。

ただでさえ逆らえないのに、私を縛る枷は増えていく一方。



「ふふ、よく似合ってるわ影。貴女は私の奴隷としてこれからも生きていくのよ」



そう言って麗華は私を抱き寄せた。そして耳元で囁くように告げる。



「愛してるわよ影……」



それが、真っ当な愛だったらどんなに良かったか。



※※※※※



「ああああああああっ!? 許し、麗華様っ! どうかお許しをっ!!」



拘束椅子に縛り付けられ、喉が潰れるくらいの勢いで上げた叫び声は麗華には届かない。

規定の倍の量の媚薬を飲まされ、身体中に責め具を付けられ、耳に装着されたヘッドフォンからはかつて私が録音した『私は花柳院 影。花柳院 麗華様の奴隷です』という音声が延々リピート再生されている。



「あっ、ああっ!! ひぐっ!」



更に身体の各所に小型の電極パッドを貼り付けられて、ランダムにスイッチが入るように設定されたソレから電流が流れる度に身体がビクンっと跳ね上がった。

電流が全身を駆け巡り、頭の中を掻き回されるような感覚に襲われて何も考えられなくなる。


それを、麗華は優雅にティーパーティーと決め込んで紅茶を啜りながら眺めていた。



「ふふ、良い声で鳴くじゃない」



そう言って麗華はカップを置いて立ち上がる。そしてゆっくりと私の方へ歩み寄りヘッドフォンを外した。



「ねぇ、影? 貴女のご主人様は誰かしら?」


「はい……っ! 私は麗華様の忠実な奴隷です!」


「そうよね?じゃあ、私の言う事には絶対服従よね?」



そう言いながら麗華は私の顎を掴んで持ち上げる。



「はひ……っ!もちろんですぅ……!」


「だったらコレ飲んで?」


「そ、それは……これ以上媚薬を飲んだら……っ」


「私の言う事は?」


「絶対、服従です……」



口を開けて、舌を伸ばし、小瓶から垂れる液体を飲み込む。

するとまた身体の芯から熱くなるような錯覚を感じて身体が震えた。



「ふふ、よく出来ました」



そう言って麗華は私の頬を撫でる。その指先が触れる度に甘い痺れが全身を駆け巡った。


次の瞬間、玩具の振動が最大まで強くなった。

あたまが、チカチカして、すぱーくして、からだが燃えるようにあつくて、つらくて、くるしくて、きもちよすぎる。



「お、ねがい……っします! とめてっくださいぃ!!」


「だーめ」



無慈悲にそう言って麗華はまた紅茶を啜り始める。

もういやだ、なんでこんな目にあわなきゃいけないの?

私はただ、幸せになりたかっただけなのに。今までされて来た事をやり返しただけなのに。

なんでこうなったんだろう。私が何をしたって言うんだ。誰か教えてよ。

いや、そもそも私の人生なんて最初から間違ってたんだ。全部こいつのせいだ。こいつがいなければこんな事にならなかったのに私が先に生まれていれば私が姉なら私が花柳院家の次女でなければ……



「影?」



突然、耳元で麗華の声が聞こえた。

同時にスイッチが切られたのか玩具の振動が止まる。



「はい……」


「何考えてるのかしら?」


「……何も」


「嘘ね、顔に書いてあるわ」



そう言って私の頬に手を添えると顔を近づけて来る。

思わず顔を背けようとするけど顎を掴まれていて動けない。

そしてそのまま唇を重ねられた。舌を差し込まれ口内を蹂躙される。

苦しい。頭がボーッとしてきた所でようやく解放された。

銀色の橋がかかる。麗華はそれを舐め取り、微笑みながら言った。



「一度立場が逆転したから反骨精神が大きくなったのかしら?

ふふ、感情のないお人形だった貴女も可愛かったけど……こうして私を楽しませてくれる貴女も好きよ?」



そんな、悪魔のような天使の笑顔を向けられながら、体力の限界をとっくに迎えていた私は眠るように気を失った。

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