第9話 花柳院家長子の責務
「由香里姉さんが結婚、ですか?」
『えぇ。だから麗華も一度帰ってきなさい。5日後に結婚式やるから』
「……分かりました」
唐突に母親から電話が掛かって来たと思ったら従姉妹の由香里姉さんの結婚報告だった。
それについで、祝いの席を設けるから一度実家に戻って来いと。
由香里姉さんは所謂分家の人で、という事は本家から離れて所帯を持つ人も居るという事。
本家と分家で確かに上下関係はあるけど、私と麗華のように主人と奴隷のような関係になる事は基本的に無いのだ。
まぁ、だからと言って周りの人間が麗華が私へ行った拷問や陵辱を咎めるような事はしなかったけど。
人によって下の兄妹への接し方は違えど、結局は長子が一番でそれより後に生まれた物は皆等しく従者扱いという所は変わらない。
かく言う由香里姉さんだって、親戚が集まる場で私がお尻を丸出しにされて麗華に叩かれる様を他の人達と同じようにケラケラと笑っていたのだ。
正直由香里姉さんの事は嫌いだし、祝いたくも無い。
だけど……由香里姉さんを嫌っているのは麗華ではなく私。
麗華と入れ替わっている私が断る道理は無い。
差し当たって必要なのは、家の人間に私と麗華が入れ替わっている事を悟られない事。
それまでに出来る事はやっておこう。
「影」
「は、はいっ!?」
「こっち来て」
掃除をしていた麗華を調教部屋の前で手招きすると、分かり易く顔を青ざめて身体を震わせた。
「な、なんでしょうか……?」
「あれに座って」
そう言って拘束椅子を指させば、麗華は薄っすらと涙を浮かべてカチカチと歯を鳴らす。
「な、何か粗相を致しましたでしょうか……?」
「良いから座って」
「はい……」
麗華はゆっくりと拘束椅子に腰を下ろす。
身体の各所にベルトを巻き付けて完全拘束し、目隠しとヘッドフォンを装着させる。
「れ、麗華様……んんっ!?」
貞操帯の玩具を動かし、ヘッドフォンから例の『私は花柳院 影。花柳院 麗華様の奴隷です』と音声をエンドレスで流している。
これで少しでも洗脳されてくれると良いんだけど……
※※※※※
結婚式当日。麗華にはこの日を迎えるまで可能な限りあの音声を聞かせ続けた。
大学ではイヤホンで。寮に帰ってからは家事は私がやって、麗華は極力拘束椅子に縛り付けて、快楽で頭を馬鹿にさせながら聞かせ続けた。
そして、新幹線に乗ってそれなりの時間をかけて花柳院家に到着した。
「まぁまぁお帰りなさい。久しぶり、という程でも無いけれど」
「お母様はお変わりないですか?」
「えぇ、元気ですよ。さぁ、ゆっくりしていきなさい」
「お邪魔します」
後を付いてくる麗華をチラッと盗み見る。
今は大人しくしているけど、果たして洗脳出来ているのかどうか。
その後は父や由香里姉さんや夫、他の親戚と挨拶し結婚式に出席。
その間、影として過ごしている麗華に話し掛ける人は居なかった。
※※※※※
つまらない結婚式を終え、花柳院家の客間でつまらない二次会が始まった。
「いやぁ、めでたい! 麗華も今すぐとは言わんが後継は産まなければな。相手は探しているからな」
「えぇ、楽しみにしています」
父は……いや、親戚皆んながご機嫌だ。
分家の人間の結婚でそんなに喜ぶのなら、本家の人間である私にももう少し優しくしてくれても良いのに……なんて。
「おぉ、そうだ麗華。あれ歌ってやってくれ」
「あれ、ですか?」
「おぉ! こういう時の為に習ってたんだろう?」
「えっと……」
何それ?
知らない知らない知らない知らない知らない……!
どうにかして歌えない理由を考えないと……
「柳の下に佇む君よ〜月夜に照らされ逢瀬を重ね〜……」
麗華……!? 不味い不味い不味い……!
父の言い分からするに影がその歌を歌える、なんて明らかに不自然。
周りの人間達も皆戸惑いの表情を浮かべている。
歌えない私と歌える麗華……違和感ありまくりだし、これで疑われて調べられたら私と麗華が入れ替わっている事が露呈してしまうかもしれない。
そうなったら、私は終わりだ……っ
「どういう事だ? 何故影がそれを歌える?」
「その、えっと……」
「麗華様に教えて頂きました」
麗華……?
「実は麗華様は由香里様の御結婚を大層喜ばれておりまして。
今日の日の為に祝歌の練習に励んでおられたのですが、それが祟って喉を痛めてしまい……
なので代わりに私が教わって歌わせて頂きました。
一種の猿回しのような物と思って頂ければ」
「猿回しか! 言い得て妙だな!」
麗華の言葉に父達はゲラゲラと笑い出す。
麗華に、救われた……? なんで!? あの歌を歌ったと言う事は自分を麗華だと認識している。
だったら、入れ替わって陵辱の限りを尽くした私を恨んでいる筈なのに……っ
不安で、怖くて、頭の中がぐちゃぐちゃして。
母に泊まっていきなさいと言われたけど、それを強引に断って大学の寮に戻った。
※※※※※
「麗華様、お茶をお淹れ致しますね」
「……っ!」
寮に入るや否や口を開いた麗華に激昂して、その胸倉を掴んで壁に叩き付けた。
「どうかなさいましたか? 私、また何か粗相をしてしまいましたか?」
そう問い掛ける麗華の声色は……媚びるでも怯えるでもなく、明らかに嘲笑の色が含まれていた。
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